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はじめに

小学生の頃、「エッセイ」という分野があることを知らなかった。
本は、自分が存在する現実とは程遠い場所へと連れて行ってくれるものだと無自覚に思いこんでいた。何がきっかけで「エッセイ」という分野を知ったのは覚えていない。

今、わたしはたくさんの言葉に助けられて生きている。
「エッセイ」は特にメモしたくなる言葉が多い。ひとりの人生や経験を経て生まれる言葉だからか?「ブログ」も然り。でももっとフラットなのだ。お?と思ってちらっと覗くイメージに近い。
中学生のころ、巷ではアメブロが流行り、学生ながらもホームページを作成しブログを書くというのがブームだった。誰もが自分のサイトを持っていた。そんな中、携帯を持っていない、PCも興味ない、そもそもネットのおもしろさを理解できていなかったわたしは、シャーペン片手に漫画を描いたり、パンダのぬいぐるみをつくったり(当時はまって10日間で3、4体作成)と、なにかちまちましたことをしていた。だいぶ時がたち、社会人になってからブログと再会。インスタをフォローしていたミニマリストの人のブログがおもしろいし参考になるしで、そこからいろんな人のブログを読むように。そんなときに出会ったのがこのnote。宝庫でしかないこの場所。

最近は情報の波が高すぎて、何かいい情報を与えるものを書かないと飲み込まれてしまうなんて自分で自分の脚に重い鉄のかたまりをくくりつけて動けないようにしていた。ネットを重い場所にしてしまっていた。
軽くていいはずなのに。

ふと思った。
確かに何か知りたいとすがるような思いでここに来ることもあるけれど、ひとと話したいな~なんか楽しいことないかな~なにしてんのかな~なんてことを考えたときにここに来ることもある。誰かの生活を覗きたくなるのかも?

わかっていたけれど気づいていなかった。
自由なんだよな。ここもわたしも。
だから本当にあたりさわりのない、ただのどこにでもいる会社員の日常をここに書いていってもいいんだよな。
なーんてことを雨あがりの月を見ながら思った夜。

何を伝えたいとか、なくてもいいのさ。
ただの頭のなかの一部を披露しているだけだから。
って少しかっこよく自分に言い聞かせてみたり。
(書きながら思うのは自意識過剰がすぎてしんどい)

ってことで日記。
転職活動をじわじわ始める中で自己分析をしているのだけれど、わたしはとにかく自己診断が好きってことに気づいた。20数年も生きているのにまだまだ自分のことをわかっていないことに気づかされて、わかっていないのに言語化なんてできないからたどりついた自己診断。
気分転換におもしろいのでぜひ。

診断結果の中で、文章での表現やコミュニケーションが得意って書かれていたから書き始めてみようか!なんて単純な始まりでもあった。

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