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域外在住者のシビックプライド形成プロセス - 関係人口の視点から –

本稿に興味を持って頂きありがとうございます。大学の卒業研究として、「地域と人の関係性」について探求しました。多くの研究者の方々による知見が積み上がっている中で、卒業研究としての一年間で僕たちが見つけたことはわずかであるかと存じます。本稿の共有を通じて、皆様の貴重な知見を頂けますと幸いです。
※利用の際は必ずご連絡お願い申し上げます。

概要
地域それぞれには歴史や文化などの独自性があり,これら多様で魅力的な地域社会の持続可能な発展が期待されている.その実現には地域に在住している人だけでは不十分であり,地域間の対流が不可欠であるとされ,地域外に在住しているが地域と何らかの関係を持っている人 (関係人口)と当該地域との関係性が重要になる.しかし,物理的に離れている域外在住者である関係人口の当該地域との関係性の形成・維持プロセスは,当該地域に在住している者のそれと異なるはずである.そこで本研究では,関係人口とされる域外在住者の「当該地域への感情(シビックプライド)」に着目し,当該地域との関係性や当該地域への関わりについて調査・分析し,関係人口の形成・維持について検討する.

キーワード
地方創生,関係人口,シビックプライド 

目次
第1章.はじめに
1.1背景
1.2本研究の目的
第2章.先行研究および用語定義
2.1関係人口
2.2シビックプライド
第3章.研究方法
3.1調査方法
3.2被験者の選定方法
3.3構造化インタビュー
第4章.調査結果
4.1在住地と域外在住者の比較
4.2域外在住のうち出身者と非出身者の比較
第5章.考察
5.1類型ごとのシビックプライドの傾向
5.1.1在住者と域外在住者
5.1.2域外在住のうち出身者と非出身者
5.2シビックプライドの形成プロセス
5.2.1地域参画
5.2.2地域アイデンティティ
5.2.3忠誠的愛郷心
5.2.4地域愛着
第6章.提案
第7章.まとめ
謝辞
参考文献

第1章.はじめに
1.1背景

地域にはその地域に根付いた自然や文化などの個性があるが,それは地域に根付いた産業や生活様式などの人々の営みによって維持,熟成されている.人々はそれぞれの地域に密着した個性とそれによる価値を発見し,営みによって深めていくことで,地域への誇りや愛着が増し,豊かさを実感していく.
しかし,それぞれの地域が個性を深めていくだけでは国土全体の豊かさにはつながらない.国民が豊かさを実感し活力ある国土づくりのためには,地域間の対流も重要になってくる.液体内において温度の違いにより生じる流動のことを対流というが,ここでいう対流とは「地域の多様な個性を背景とした,地域間のヒト,モノ,カネ,情報の流れ」のことである¹⁾.対流により,地域外からの新たな視点から価値を見つけたり,個性同士の混ざり合いによるイノベーションが起こり,地域が相互に個性を熟成していく.
このような対流を生み出し維持するには,地域に在住している人同士の関係性を強めるだけでなく,地域外に在住している人(以下,域外在住者)との関係性が重要となる.多拠点居住やテレワークのようなライフスタイルを支える社会基盤も発展してきており ,居住地域以外への対流を生んでいる
しかし日本国内では少子高齢化が進み活動人口の減少が進んでいる.各地域が域外在住者を活かす施策を考案する際は,関係性のある域外在住者の数を増やすこともさることながら,その関係性の質をより深く,長く維持させることを要件とする必要がある.
1.2 本研究の目的
本研究では地域がお互いの個性を活かしあえる国土の実現への一アプローチとして,域外在住者が1番想いを持つ地域(以下,対象地域)に対してどのようにシビックプライドが形成・維持されているかを明らかにすることを目的とする.

第2章.先行研究と用語定義
2.1関係人口

域外在住者は,地域との関わりへの想いや現状の地域との関わりによって関係人口と交流人口の2種に区別することができる.関係人口とは,図1に示すように「地域外にあって,移住でも観光でもなく,特定地域と継続かつ多様な形で地域の課題解決に資する者など」と定義される³⁾.本研究では,地域間の対流を目指しているため,関係人口に注目する.
関係人口は地域との関わり方によって更に類型化することが出来るが,どの類型であっても,地域内の経済活動だけでなく地域愛着なども活性化することが期待されている.谷口ら⁴⁾は自然景観や地域住民とのふれあいを求めてくる観光客はその地域への愛着が高いという結果を示した.しかし,先行研究では関係人口を捉えた研究や調査は存在するが,動態モデルとして関係人口を捉えたものはいまだない ⁴⁾⁵⁾.本研究では対象地域での現在の関わり方や目的だけでなく,過去の経験なども踏まえて,時系列に沿ったシビックプライド形成プロセスを把握することを目指す.

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図1. 関係人口に関する図解 出典:総務省(2018)

2.2シビックプライド
地域と人との関係性を捉える視点は様々であるが,本研究ではその礎となるのは個々人が地域に持つ感情であると定義し,個々人が持つ地域に対する「感情」としてシビックプライド⁶⁾に着目する.
伊藤ら⁶⁾は「地域と個々人を結ぶ感情」を定義し評価する概念として「シビックプライド」に注目した.シビックプライドには多面性があるとし,「地域参画⁷⁾」「地域アイデンティティ⁸⁾」「忠誠的愛郷心⁹⁾」「地域愛着¹⁰⁾¹¹⁾」の4つの要素に分解した.その上で「中心市街地」といった物理的都市環境評価が高いと「地域参画」が高まるといった関係性を分析している.
しかし,これは定住者とその定住している地域との間に形成されるシビックプライドの場合である.関係人口は当該地域に定住していないため当該地域との間では物理的距離があり,シビックプライドの形成要因やプロセスは定住者の場合とは異なると考えられる.また,他の先行研究においても関係人口のシビックプライドに関しては言及されておらず,議論の余地があると考えられる.

第3章.研究方法
3.1調査方法

本研究では,どのようなプロセスによりシビックプライドが形成されているのかを把握するため,表1に示す構造化インタビューをもとに質問紙調査を行った.(1)個人属性と(2)対象地域との関係性についての回答から,回答者が対象地域に対して「在住者」なのか「域外在住者」なのかを分別した.また「域外在住者」の中でも対象地域が出身地である者は「出身者」とし,対象地域が非出身地である者は「非出身者」とした.「在住者」「域外在住者」「出身者」「非出身者」の4つを地域との関係性の類型とし,類型間でのシビックプライドの傾向を比較する.

表1 構造化インタビューの内容

調査内容

3.2 被験者の選定方法
調査対象は広く日本人とし,2019年9月1日の日本の人口は126,925,843人であるため¹¹⁾,信頼水準95%,許容誤差5%としたとき385サンプルが必要となる.調査者と親しい間柄の者にサンプルが偏らないようにすることと,配布の際に回答者から意見を聞くことを考慮したため,質問紙は地方創生や社会問題に関するイベントにて配布した.
有効回答者は20代〜50代を中心とする375名(男性235名,女性140名,男女比63:37)で,回答者の平均年齢は39.68歳(SD=12.43)であった.
3.3 構造化インタビュー
 調査項目は「個人属性」「対象地域との現在の関係性」「対象地域へのシビックプライド」「対象地域での過去の経験」「対象地域に対する今後の展望」の5つとした.「対象地域との現在の関係性」の把握については,住み続けられる国土委員会²⁾が作成した「人と地域の関係マトリクス」を参照し,「対象地域の社会・経済活動への結びつき・参加度合い」(以下関与度)「対象地域での物理的な滞在割合」(以下滞在度)を用いた.滞在度については「訪問経験あり」「よく行く」「反復継続的訪問や1週間以上の長期滞在」「滞在・活動拠点の一つ」「居住地・生活拠点の一つ」「本拠としてほぼ毎日居住」の6段階,関与度も「興味関心あり・消費者」「応援・好き」「活動に時々参加する/寄付等」「地域コミュニティへの帰属あり」「地域の社会・経済活動のメンバー・スポンサー」「地域社会・経済の主要プレイヤー」の6段階で問うた.「対象地域へのシビックプライド」は伊藤ら⁴⁾が作成したシビックプライド尺度を参考にして表2のように質問項目を作成し,「とてもそう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらともいえない」「どちらかといえばそう思わない」「まったくそう思わない」の5段階で問うた.「対象地域における過去の経験」と「今後の対象地域との関係に関する展望」については,回答者の感情の強弱を反映しやすくするため自由記述とした.

表2「対象地域へのシビックプライド」の質問項目

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第4章.調査結果
4.1在住地と域外在住者の比較

 在住者と域外在住者はそれぞれ,181名と196名であった.在住者と比べた域外在住者のシビックプライドの傾向を把握するべく,シビックプライドの20項目の平均値を在住者と域外在住者とで比較したレーダーチャートを図2に示す.これら20項目のうち在住者と域外在住者とで,有意差があるかどうかをマン=ホイットニーのU検定を行い分析し,有意差が認められたものに下線を引いてある.在住者と域外在住者とを比較し在住者のほうが有意に高いと認められたのは地域参画のすべての項目と,地域愛着のうち「対象地域は住みやすいと思う」「対象地域に自分の居場所はある」「対象地域にずっと住み続けたい」であった. 逆に域外在住者のほうが高くなった項目は,「対象地域になくなってしまうと悲しいものがある」「家族や友人に対象地域の産品を勧める」であった.地域アイデンティティの項目に差は認められなかった.
就学や就職などのライフステージの転換となる年齢を考慮した上で,回答者の年齢で分けて比較を行う.在住者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~に分け 年齢層ごとのシビックプライドの傾向を比較したものが図3である.シビックプライドの20項目で年齢層の間に有意な差がある項目をクラスカル・ウォリス検定によって求め,有意な差があると認められた項目のみどの年齢層と年齢層との間で有意な差があるのかをマン=ホイットニーのU検定から求めた.
どの項目においても年齢層ごとの有意差は認められなかった.

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図2.在住者と域外在住者のシビックプライドの傾向の比較

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図3.在住者の年齢層ごとのシビックプライドの傾向の比較

域外在住者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~に分け年齢層ごとのシビックプライドの傾向を比較したものが図4である.15歳~34歳の「対象地域に自分の居場所はある」は他の年齢層より高くなった.

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図4.域外在住者の年齢層ごとのシビックプライドの傾向の比較

回答者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~の年齢層ごとに分け,それぞれの年齢層ごとに在住者と域外在住者で比較した.年齢層で分けた場合でも地域参画の項目に差があるように見えるが,有意差が認められたのは25歳~34歳での「自分のような人間が地域社会に貢献すると思う」だけであり,在住者のほうが高くなった.在住者と域外在住者の「地域社会の一員としての責任を真剣に考えている」「地域社会をいい場所にするための自分なりの貢献が出来ている」の差は45歳~54歳で最も縮まるが,それ以降また広がっていた.

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図5.15歳~24歳の在住者と15歳~24歳の域外在住者の比較

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図6.25歳~34歳の在住者と25歳~34歳の域外在住者の比較

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図7.35歳~44歳の在住者と35歳~44歳の域外在住者の比較

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図8. 45歳~54歳の在住者と45歳~54歳の域外在住者の比較

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図9. 55歳~64歳の在住者と55歳~54歳の域外在住者の比較

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図10. 65歳~の在住者と65歳~の域外在住者の比較

「対象地域は住みやすいと思う」は年齢層問わず在住者のほうが域外在住者より平均値が高かった.「対象地域に自分の居場所はある」は64歳までの年齢層すべてで在住者のほうが域外在住者より平均値が高かった.しかし,15歳~34歳までの年齢層ではその差が縮まっていた .「対象地域になくなってしまうと悲しいものがある」は年齢層問わず域外在住者のほうが在住者より平均値が高かった.忠誠的愛郷心は在住者でも、域外在住者でも年齢層ごとの有意差が見られなかった.
4.2 域外在住者のうち出身者と非出身者の比較
 域外在住のうち出身者と非出身者はそれぞれ128名と68名であった.シビックプライドの20項目の平均値を出身者と非出身者とで比較したレーダーチャートを図11に示す.これら20項目のうち出身者と非出身者とで,有意差があるかどうかをマン=ホイットニーのU検定で確かめ,有意差が認められたものに下線を引いてある.
 出身者と非出身者と比較し出身者のほうが非出身者より平均値が高く有意差が認められたものは地域アイデンティティのうち「「(対象地域の市区町村)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」と「「(対象地域の地区の人)」という言葉は,自分がどういう人物かをよく説明する言葉である」,忠誠的愛郷心のうち「対象地域を批判している人がいたら対象地域を擁護する」と「家族や友人に対象地域の産品や製品を使うよう勧める」「対象地域のスポーツチームを積極的に応援する(プロ,アマチュア,学校など)」であった.また,出身者の「「(対象地域の市区町村)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」と「「(対象地域の地区の人)という言葉は,自分がどういう人物かをよく説明する言葉である」は在住者と比べても高い .出身者と非出身者の間では,地域参画と地域愛着のすべての項目で有意差が認められなかった. 

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図11.出身者と非出身者のシビックプライドの傾向の比較

回答者の年齢で分けて比較を行う.出身者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~に分け年齢層ごとのシビックプライドの傾向を比較したものが図12である.
域外在住者全体の傾向と同じように15歳~34歳の「対象地域に自分の居場所はある」は他の年齢層よりも高くなった.また15歳~34歳の「対象地域は住みやすい」 は他の年齢層よりも高くなった.

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図12.出身者の年齢層ごとのシビックプライドの傾向の比較

非出身者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~に分け年齢層ごとのシビックプライドの傾向を比較したものが図13である.
45~54歳の「地区の人は自分をよく表す言葉である」は44歳以下の層より高くなった.15歳~24歳の「ずっと住み続けたい」 は35歳~54歳の層よりも低くなった.

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図13.非出身者の年齢層ごとのシビックプライドの傾向の比較

域外在住者を15歳~24歳,25歳~34歳,35歳~44歳,45歳~54歳,55歳~64歳,65歳~の年齢層ごとに分け,それぞれの年齢層ごとに出身者と非出身者で比較した.25歳~34歳のみ「対象地域は好きだ」「対象地域は大切だと思う」 は域外在住かつ出身者のほうが有意に高くなった.

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図14.15歳~24歳の域出身者と15歳~24歳非出身者の比較

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図15.25歳~34歳の出身者と25歳~34歳の非出身者の比較

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図16.35歳~44歳の出身者と35歳~44歳の非出身者の比較

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図17.45歳~54歳の出身者と45歳~54歳の非出身者の比較

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図18.55歳~64歳の出身者と55歳~64歳の非出身者の比較

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図19.65歳~の出身者と65歳~非出身者の比較

第5章.考察
5.1類型ごとのシビックプライドの傾向
5.1.1 在住者と域外在住者のシビックプライドの傾向の違い

  在住者は現住地を対象地域としているため,対象地域に関わる機会が域外在住者と比べ多い.そのため,地域参画の項目は在住者のほうが高くなっている.一方で域外在住者の周りには対象地域との接点が少ないため,一つ一つが重要な対象地域との接点である.そのため「家族や友人に対象地域の産品を勧める」 や「対象地域になくなると悲しいものがある 」は域外在住者のほうが高くなったと考えられる.
 また,域外在住者は通勤や通学などの生活の都合から対象地域以外の現住地を選んでいる.よって,域外在住者の対象地域に対する「対象地域は住みやすいと思う」「対象地域に自分の居場所はある」「対象地域にずっと住み続けたい」といった想いは在住者と比べて低くなったと考えられる.
 年齢層ごとの傾向の差からも考察する.域外在住者のうち15歳~34歳では「対象地域に自分の居場所はある」と感じる傾向が他の年齢層より強く,在住者の15歳~34歳の「対象地域に自分の居場所はある」に関しては他の年齢層と差がなかった.15歳~34歳の年齢層は,それより上の年齢層と比べ子育てや仕事のためにある一定の場所にその拠点を据える前の段階であり他の年齢層と比べ15歳~34歳では現住地以外にも居場所を感じやすい傾向があると考えられる.
 45歳~54歳は社会的影響力が最も大きいライフステージである.自分の能力を他の地域で発揮することが出来ている域外在住者の45歳~54歳は「地域社会の一員としての責任を真剣に考えている」「地域社会をいい場所にするための自分なりの貢献が出来ている」と感じやすい傾向があると考えられる.
5.1.2域外在住者のうち出身者と非出身者のシビックプライドの傾向の違い
 同じ域外在住者であっても対象地域を出身地とするか非出身地とするかでシビックプライドの傾向に差が出た.出身者は幼少期を対象地域で過ごしており,対象地域が人格形成の基礎となった場所であると考えられる.よって出身者は別の地域で幼少期を過ごした非出身者よりも「「(対象地域の市区町村)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」「「(対象地域の地区)の人」という言葉は,自分がどういう人物かをよく説明する言葉である」と感じる傾向が強くなったのだと考えられる.この項目は在住者と比べても高くなっているが,これは対象地域外での自己紹介など出身地で他人と自分を区別する機会が在住者よりも多いことが要因と考えられる.
 また,自分の人格が対象地域と深く結びついている出身者にとって,対象地域は他の地域よりも大事にしたいという気持ちが強いと考えられる.そのため,忠誠的愛郷心「対象地域を批判している人がいたら対象地域を擁護する」「家族や友人に対象地域の産品や製品を使うよう勧める」「対象地域のスポーツチームを積極的に応援する(プロ,アマチュア,学校など)」の項目は出身者のほうが非出身者より有意に高くなったと推測される.
 対して出身者と非出身者との間で地域参画のすべての項目に有意差が見られなかった.在住者と域外在住者とを比較して地域参画のすべての項目に差が出ていることも踏まえると,地域参画の形成プロセスとしては対象地域での過去の経験よりも現在どのように対象地域にどのように関わっているかのほうが重要であると考えられる.
地域愛着のすべての項目も出身者と非出身者との間で差が見られなかった.地域愛着とは特定の場所に対する強いレベルの愛着であり,自らの嗜好に合った土地に持ちやすいが,出身者と非出身者の間では有意差が認められなかったことから,域外在住者にとって地域愛着を持つ対象となる地域は変化しやすいものだと考えられる.域外在住者にとって自己形成の基礎となった出身地以外でも嗜好にあった地域を発見すればシビックプライドを形成する対象地域は変わりうることが示唆された.
 年齢層ごとの傾向の差からも考察する.出身者の15歳~34歳では「対象地域は住みやすい」 「対象地域に自分の居場所はある」と感じる傾向が強く,25歳~34歳のみ「対象地域は好きだ」「対象地域は大切だと思う」という想いが非出身者よりも高くなっていることから,出身者にとって出身地から離れた年数や,それに伴う生活拠点として比較することのできる対象となる地域の多さが地域愛着と関係しやすいと考えられる.
15歳~34歳の非出身者は対象地域に対して「対象地域に住み続けたい」とは感じにくい.出身者では年齢層ごとの差が出なかった項目であることから,拠点を固定した長い生活がイメージしにくい15歳~34歳にとって,出身地ではない場所に拠点を構えることのハードルが高いことが示された.
5.2シビックプライドの形成プロセス
5.2.1地域参画

域外在住者の地域参画の形成には現在どのように対象地域に関わっているかが重要であると考えられる.本研究で導かれた2つの結果から考察する.
1つ目の結果は域外在住者のうち出身者と非出身者の地域参画のすべての項目に差は見られなかったことである.出身ということは幼少期を対象地域で育ち住んでいたために,対象地域が人格形成の基礎となった場所であると考えられる.しかし出身者と非出身者の間では,地域参画のすべての項目に有意差が認められなかったことから,地域参画の想いは過去の経験の影響を受けにくいと考えられる.
2つ目の結果は在住者と域外在住者のシビックプライドを比較した場合,在住者のほうが地域参画のすべての項目が高くなったことである.域外在住者は地域参画を向上させるきっかけになるような地域活動などに触れる機会が少なく在住者はそのような機会が多いために,在住者のほうが地域参画のすべての項目が高くなったと考えられる.
これらの結果から考察すると地域参画の形成プロセスにおいては,対象地域での過去の経験よりも現在どのように対象地域に関わっているかのほうが重要であると考えられる.
5.2.2地域アイデンティティ
域外在住者の地域アイデンティティの形成には対象地域での過去の経験が重要であると考えられる.2つの結果から考察した.
1つ目の結果は在住者と域外在住者とを比較した場合,地域アイデンティティに差は見られなかったことである.現在対象地域に在住しているかしていないかの区別では,対象地域での過去の経験による違いが反映できておらず差が出なかったと考えられる.
2つ目の結果は,別の地域で幼少期を過ごした非出身者よりも出身者は「「(対象地域の市区町村)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」「「(対象地域の地区)の人」という言葉は,自分がどういう人物かをよく説明する言葉である」と感じやすくなっていたことである.出身者は幼少期を対象地域で育ち住んでいたために,対象地域が人格形成の基礎となった場所であるためと考えられる.
これらの結果から考察すると地域アイデンティティの形成プロセスにおいては,現在どのように対象地域に関わっているかよりも対象地域での過去の経験のほうが重要であると考えられる.
5.2.3忠誠的愛郷心
域外在住者の忠誠的愛郷心の形成には対象地域の過去の経験が重要であると考えられる.本研究で導かれた2つの結果から考察する.
1つ目の結果は,別の地域で幼少期を過ごした非出身者よりも出身者のほうが忠誠的愛郷心「対象地域を批判している人がいたら対象地域を擁護する」「家族や友人に対象地域の産品や製品を使うよう勧める」「対象地域のスポーツチームを積極的に応援する(プロ,アマチュア,学校など)」が高くなっていたことである.自分の人格形成の基礎となった地域は大事なので他の地域よりも大事にしたいという気持ちが増しているからだと考えられる.
2つ目の結果は在住者と域外在住者の忠誠的愛郷心を比べると「家族や友人に対象地域の産品をすすめたいと思う」以外には差は出なかったことである. 「家族や友人に対象地域の産品をすすめたいと思う」には差は出て域外在住者のほうが高くなったが,これは域外在住者の周りの地域に産品が少ないことの影響が大きかったためであると考えられる.
これらの結果から,地域アイデンティティと同様に忠誠的愛郷心の形成プロセスにおいても,対象地域での過去の経験が重要であると考えられる.
5.2.4地域愛着
 地域愛着とは特定の場所に対する強いレベルの愛着であり,自らの嗜好に合った土地に持ちやすいが,域外在住者のうち出身者と非出身者の間では有意差が認められなかったことから,出身地以外でも嗜好にあった地域があれば対象地域は変わりうることが示唆された. 対象地域での過去の経験に関しての影響は薄いと考えられる.

第6章.提案
 本研究で導かれた知見をもとに,域外在住者のシビックプライドを形成・維持するための施策に提案をする.
 まず,域外在住者は対象地域外に住んでおり,周りに対象地域の産品が少ないが,「家族や友人に対象地域の産品を勧める」傾向が在住者よりも強いので,対象地域外でのPR活動に参画してもらいやすく効果も高くなると考えられる.また,域外在住者は在住者よりも「なくなってしまうと悲しいもの」に対する想いが強いので,対象地域内のランドマーク保存活動などにも参画してもらいやすいことも示唆された.
 このような地域に関わる活動においてはシビックプライドのうち地域参画も重要になってくるが,域外在住者は在住者よりも地域参画できるという想いが低くなる傾向がある.しかし,45歳~54歳の年齢層であればその差が縮まる.域外在住者に地域参画の機会を多く提供するなどの施策を行い,特に45歳~54歳にフォーカスすれば効果が高くなる.
 また,域外在住者は在住者よりも,対象地域に対して住みやすさや居場所を感じにくい.しかし子育てや仕事が本格化していない15歳~34歳であればその差は縮まるので,域外在住者に移住を推す場合は15歳~34歳にフォーカスすれば効果が高いと考えられる.ただし非出身者は住み続けることには難色を示す傾向があるので,短期間の滞在などで生活のイメージをつかんでもらうなどのフォローが必要である.
 域外在住者のうち出身者であれば「「(対象地域の市区町村)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」「「(対象地域の地区)の人」という言葉は,自分はどういう人物かをよく説明する言葉である」といった想いが在住者や非出身者より強く,25歳~34歳の層では地域愛着が強く,45~54歳の層は地域参画の想いも持ち始める.現在も出身者向けの施策は展開されているが, 年齢層ごとに効果的な施策は異なると推測される.15歳~34歳は移住やUターン, 25歳~34歳向けには対象地域内のランドマーク保存活動など地域愛着を揺さぶるもの,45歳~54歳向けには地域参画の機会を提供するなど地域参画を揺さぶるものが効果的であると考えられる.
 域外在住者のうち非出身者の地域参画や地域愛着は出身者と差がないので,地域愛着や地域参画を揺さぶる出身者向けの施策(例:ふるさと納税など)は非出身者にも効果的であると考えられる.

第7章.まとめ
 本研究では域外在住者のシビックプライド形成プロセスを把握するべく,地域との関係性による類型の比較や年齢を辿った傾向の変化などを分析した.地域との関係性の類型や年齢郡ごとに,シビックプライド傾向の差が示された.これらの結果を,域外在住者のシビックプライドを形成・維持するための施策に生かすことで,地域間での人の対流が活発になりお互いの個性を活かしあう国土の形成に貢献すると 考える.

謝辞
本研究を進めるにあたり,指導教官の松前あかね准教授からは多大な助言を賜りました.心より謝意を表明する次第です.また,統計に関してご助言をくださった大草孝介助教,アンケート用紙の収集に関してサポートいただいた松前研究室ラボコーディネーターのフィッシュ明子氏にも厚く感謝申し上げます.そして,アンケートの回答にご協力いただいた375名の方々にも心よりお礼申し上げます.

参考文献
¹⁾国土交通省(編)(2015)第二次国土形成計画
²⁾国土交通省(編)(2019),住み続けられる国土専門委員会,3か年とりまとめ
³⁾総務省(編)(2018),関係人口の創出に向けて
⁴⁾谷口綾子,今井唯,原文宏,石田東生(2012),観光地における多様な主体の地域愛着の黄定員に関する研究-ニセコ・倶知安地域を事例にして-,土木学会論文集D3, 68(5), I_551-I_562
⁵⁾国土交通省(編)(2020),地域との関わりについてのアンケート
⁶⁾伊藤香織(2017),都市環境はいかにシビックプライドを高めるか:今治市を事例とした実証分析,都市計画論文集,52(3),1268-127
⁷⁾菅原麻衣子,藍澤宏,井橋朋子,富士宗一郎(2006),離村者の出身地の地域社会に対する関心と参画-高齢化した農山村地域における地域社会の新たな運営方法-,農村計画学会誌,25(Special_issue),461-466
⁸⁾Tom Collins(2017),Governing through Civic Pride:Pride and Policy in Local Government,Eleanor Jupp et al,Emotional States:Sites and Spaces of Affective Governance,191-203,Routeledge
⁹⁾Hidalgo, M. and Hernendez,B.(2001),Place attachment:conceptual and empirical questions,Journal of Environmental Psychology,21(3),273-281
¹⁰⁾引地博之,青木俊明,大渕憲一(2009),地域に対する愛着の形成機構-物理的環境と社会的環境の影響,土木学会論文集,65(2),101-110
¹¹⁾統計局(2019),人口推計(平成31年(2019年)4月確定値,令和元年(2019年)9月概算値) (2019年9月20日公表),https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html

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