うつになった話②(休職編)

 前回、うつになるまでの話を上げました。今回は、休職中のことについて書いていきます。

うつ 休職中の話

 うつ状態と診断されて、主治医から「最初は1ヶ月間の休職にしましょう」と言われました。のちに知り合いのうつ病の人に『休職期間は3ヶ月くらいある方がいい。1ヶ月では短すぎると思う』と聞きました。私は主治医に「3ヶ月とかまとめて取ることはできませんか?」と伺いました。主治医からは「僕は1ヶ月毎にしか休職の診断書を出していない。それは無理だ」と言われました。そのため1ヶ月毎に休職期間を伸ばすかどうかを決めることになりました。

 主治医に書いてもらった診断書を持って、職場へ向かいました。職場の上司に診断書を渡し、「ご迷惑をお掛けします」と伝え、一ヶ月の休職に入りました。上司にも同僚にも心配され、ここは任せてゆっくり休むようにと言葉を掛けてもらいました。その時の私はかなり心が弱っていたのでしょう。優しい言葉を掛けられるだけで泣いてしまい、申し訳なくてたまりませんでした。

 休職期間中、私はよく外出していました。引きこもらないよう、友達や家族が気を遣って連れ出してくれました。通院、お出掛けをしながら、1ヶ月間を過ごしました。

 休職期間自体は、およそ3ヶ月くらいになりました。初めの1ヶ月は気持ちが安定しませんでした。うつ状態だったため、沈んでいることが本当に多かったです。また休職後に朝ごはんを食べた時、ご飯の味がしなくて驚いたのと同時に笑いました。味がしないと両親に話していた気がします。薬のおかげで徐々に気持ちも安定してきましたが、仕事のことを考えると気持ちが沈みました。次の1ヶ月(2ヶ月目)も休職をする旨を職場に伝えに行きました。その際、傷病手当金申請の手続きも行いました。当時、私は職場に向かうことが怖かったです。しかし引きこもって戻れないのではないかと考え怖くなり、がんばって職場に向かっていました。職場の上司からは「郵送でも構わない」と聞いていたのですが、私が「行きます」と言い、無理に行っていました。私の性格上、頑固で負けず嫌いなところも影響していたのではないかと思います。今、考えると休職しているのだから極力ストレスになることから離れるべきだったと考えます。

 3ヶ月目の休職が終わる頃、「今後どうするのか」を職場の上司と職場近くのファミレスで話し合いました。職場の上司には日勤帯の仕事をメインに介護業務を続けるか、別施設で介護事務の手伝いをするかという2点を提案してくれました。当時の私は辞めるつもりがなく、復職するつもりでいました。しかし同じ介護業務に戻る気力はなかったので、介護事務の手伝いを選びました。

〜振り返って思うこと(教訓)〜

『ストレスの原因からちゃんと離れるべきだった』

 当時も今も変わらないですが、負けず嫌い、頑固、よく見せたいという性格だったので心配を掛けたくないと考えていました。そのため休職しているにも関わらず、職場に出向いていました。この行動は「自分でストレスの中に飛び込みに行く」ことなので、休んでいるのに休めていない状況でした。職場の方にも元気なようにみえていたのかもしれないと考えると、郵送での手続きをしていればよかったなと思います。自ら傷口に塩を塗っていては治るものも治りませんよね。

 「寝られない、気分が上がらない」状態の中、外出できたことはよかったと思います。友達や家族に感謝しています。外出できていることで、私は社会とのつながりが切れていないように感じていました。

 今は「作業時に無理をしない」ことを前提に臨んでいます。しかし時々、ここまでやるぞ!とがんばってしまう時もあります。がんばった次の日は、休む日と意識的に休日を作るように心掛けています(できてない時もあると思いますけどね笑)。

次回は「復職」について書きます。

 続

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