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コロンビアビジネススクールからMBAの価値を考察する-2

前回のnoteから少し期間があきましたが、今回も「MBAの価値」について考察していきたいと思います。
今学期の後期の授業はコーポレートファイナンス、ビジネスアナリティクス、マーケティング、マクロ経済学、会計(会計のみ前期・後期を通して履修)の5つのコア科目となります。前期の授業と比較すると、コーポレートファイナンス、ビジネスアナリティクス、マーケティングの3つの授業は個人的に学びが多く、後期の半分が終わった現時点での、各授業からの学びを考察していきたいと思います。


コーポレートファイナンス

フリーキャッシュフローから企業価値を算出していく、基礎的なコーポレートファイナンスの授業です。戦略ファームで働いていると、「各事業の強さ」を理解するための分析力、思考力は磨く機会は多いのですが、「資本市場での強さ」をファイナンスの観点から理解する力を鍛える機会はほぼ皆無であるため(戦略ファームにいるとDDのプロジェクトは沢山ありますが、DDで実際にやることとしてはBDD(ビジネスデューデリジェンス)であり、PLにフォーカスした事業の成長性がどの程度あるのか、が論点で、そのPLモデルを基にフリーキャッシュフローから企業価値を算出すること自体はFAである投資銀行が行うため、コンサルタントが企業価値を算出する機会は皆無です)、殆どの内容が新鮮で学びが多いです。フリーキャッシュフローを精緻に予測する期間以降の残存価値の算出方法、割引率であるWACCを算出するためのレバードβ(財務リスクを含んだβ)とアンレバードβ(財務リスクを取り除いたβ:企業が負債に頼らず資金調達をしていると仮定)の算出最適な資本構成(EquityとDebtの最適な比率)の算出方法などを学習しながら、電機、消費財企業等の企業価値を実際に算出していきます。上述の通り、コンサルファームで働いているとどうしてもPL的な思考に偏りがちですが、DDの発注先の7~8割を占めるPEがどういった視点で企業価値を高め、将来的なExit戦略を描いているのか、を理解するという点で、より俯瞰的な視点が得られるのは非常に良いです。

ビジネスアナリティクス

今学期、最も面白いと感じる授業です。内容としては、様々な分析ツールで活用されている、予測的(predictive)アナリティクス(現在から未来がどうなるかを分析)と、処方的(prescriptive)アナリティクス(今取るべきアクションは何か分析)の具体的な分析方法を、実際のケースを基にしながら学んでいきます。
予測的アナリティクス:この領域の様々なアナリティクスの方法を学習しますが、その中でも特に面白いと感じた、①スポーツアナリティクス、②ヘルスケアアナリティクス、③レコメンデーションアナリティクス、の3つを今回は取り上げたいと思います。

①   スポーツアナリティクス

スポーツ選手のパフォーマンスを、「スキル」と「運」の要素に分け、それぞれがパフォーマンスにどの程度寄与しているのかを分析します。分析方法自体は非常にシンプルで、Shrinkage Estimate (収縮推定)と呼ばれる、ある年の各個人のパフォーマンス値(スキル)と、その個人が属するグループ全体のパフォーマンスの平均値(運)をどの比率で案分することが、翌年のパフォーマンス実績値との乖離が最小化されるかを算出します。具体例で説明すると、2012年のMLBの選手の打率を2011年の打率のデータを基に予測した場合、選手の「スキル」による部分(各選手の打率)が40%、「運」による部分(全選手の平均打率)が60%である場合が、2012年の打率の実績値との乖離が最小化されます。

2012年の打率を2011年のデータを基に予測すると、40%が選手のスキルに起因

アカデミー賞作品でもある「マネーボール」(メジャーの中で弱小球団であったアスレチックス(現在、藤浪晋太郎投手が所属)が、統計・アナリティクスを活用して常勝チームへと変革する映画)はこの考え方を基にしています。具体的には、各打者の打率、OPS(出塁率と長打率を足し合わせた値)、三振率などのデータの中で、最も得点に寄与するデータは何かをロジスティック回帰分析を行い、特定しています。その結果、OPS > 打率 > 三振率・・・の順で得点に寄与することが判明し、その上で収縮推定を行うと、OPSは打率よりも高い確率で個人のスキルに依存することが判明したため、アスレチックスはそれまで誰も注目していなかったOPSの値が高く、市場で過小評価されている選手たちを獲得し、常勝チームを作り上げていったということが分かります。言い換えると、勝利に寄与する要素は何かを因数分解し、その因数の中で選手のスキルによる部分が大きいものは何かを特定することで、球団自体がコントロールできる変数を活用し勝率を高めていくということです。MLBだけでなく、欧州サッカーを見ていても、各選手のパフォーマンスは様々な側面からデータ化されており、どの因数が選手本来のスキルによるものなのか、を分析できることは、スポーツに従事する人にとっては必須な概念となっているように感じます。

得点の要素を因数分解
得点に最も寄与するのはOPS
打率、OPS、三振率と、得点との相関、及び収縮推定の係数

②   ヘルスケアアナリティクス

ROC解析(Receiver Operating Characteristic analysis)という手法を活用し、医療の診断の正確さを向上させることを意図しています。この手法は元々、第2次世界大戦中に飛行機を発見するレーダー・システムの性能評価を目的として考案され、飛来する物体が飛行機なのか鳥の群なのか、といったレーダー・システムの能力を評価するために開発されています。その後、人間の視知覚検出の性能を評価するために応用されるようになり、さらにヘルスケアにおける放射線画像診断の判断時の評価に適用されるようになっています。具体的には、放射線画像診断時には、「❶陽性診断で、実際に陽性」(true positive)、「❷陽性診断で、実際には陰性」(false positive)、「❸陰性診断で、実際に陰性」(true negative)、「❹陰性診断で、実際には陽性」(false negative)、という4つのカテゴリが存在し、そのうち❷、❹をどれだけ少なくできるか(❶、❸をどれだけ正確に診断できるか)、結果としてどの閾値を取ることが、医療システム全体としてのコストを最小化できるかを導出することが重要です。なぜこれが重要かと言えば、❷の場合はさらに精密な検査が必要となり一定の医療コストがかかること、❹の場合は本来早いタイミングで治療を開始していれば少ない医療コストで済むはずが偽の陰性診断のために、医療コストが増加してしまうためです。予測値と実績値の乖離を小さくしつつ、❶+❷+❹のコストを最小化することが分析の目的です。

4つの診断結果のカテゴリ(赤い部分を少なくし、コストを最適化することが分析の目的)

③   レコメンデーションアナリティクス

k近傍法と呼ばれる手法を用いて、NetflixやSpotify、Pandora(米国で有名な音楽ストリーミングサービス)などのサービスが、顧客に対してレコメンデーションをどのように行っているかを分析します。こちらの手法も分析自体はシンプルで、データのクラスタリング (グループ分け) をする際に、「予測データに近いデータ k 個の多数決によってクラスを推測」するアルゴリズムです。より具体的な例で説明すると、Netflixが、ユーザーであるAさんに対して映画のレコメンデーションをする際に、他のユーザーが分析サンプルの映画の好き嫌いを評価し、いくつのサンプルデータと比較する際に二乗平均平方根誤差(RMSE: root mean square error)が最小化されるかを算出し、そのサンプル数(k)を使い、Aさんの好みに合致すると予測される映画をレコメンドする仕組みです。より単純化して言えば、視聴履歴や好き嫌いに基づいた自分のテイストに似たユーザーをk人ピックアップし(このk値が実績との乖離が最小化されていることが重要)、その人たちの評価を平均したものと予測値となるということです。NetflixやSpotifyなどを使用していると、「あなたにおススメ」という形でレコメンドされている内容も、裏側のロジックは実は非常にシンプルであることが分かります。

各ユーザーの映画ごとの好みの度合い
K近傍法のイメージ図(ユーザー4の映画3の好みをk=2で推定)
各ユーザーの映画ごとの好みの度合

マーケティング

戦略ファームに転職する前は外資系の消費財企業で働いていたこともあり、かつコンサルでもマーケティングのPJは複数経験があるため、そこまでマーケティングの授業で学べることはないのではと想定していましたが、いい意味で期待を裏切られたのが、この授業です。マーケティングを学習しようとする場合、どうしても定性的な要素によってしまうことが多いのですが、この授業は定量的な要素をふんだんに取り入れており、セグメンテーション分析、コンジョイント分析、などを学びます

セグメンテーション分析

多くの人がセグメンテーション分析という言葉自体は知っていると思いますし、具体的にアウトプットがどういったものになるのかも想像できていると思いますが、「顧客をセグメンテーションしてみてください」と言われて、分析を実施できる人は稀だと思います。私の見てきた限りでは、顧客のセグメンテーションは、自社で実施せずにマーケティングリサーチ会社に活用する企業も多い印象で、その観点からも、いわゆるマーケティングが有名な消費財企業(P&G、ロレアル、ユニリーバなど)で働いている人でも、体系立って顧客をクラスター分けする手法を理解している人は少ないのではないでしょうか

分析手法を説明すると、例えばモンクレールが消費者をクラスター分けしていくと仮定します。その場合、まずは消費者サーベイを実施し、モンクレール製品のスタイル、価格、色、耐久性、などといった各要素を、消費者各人がどう評価しているかの回答に基づき、クラスター分けを行っていきます。当然、クラスターの数が増えれば増えるほど、各消費者の好みへの合致度は高まっていきますが、それと同時にマーケティング施策の複雑性は増していきます。そのため、できる限り少ないクラスターを保ちながら、どれだけ消費者の好みとの乖離を小さくしていくか、という視点が重要になります。エクセルを用いて、消費者サーベイのサンプルデータが整っていればクラスター分析を実施することができます(詳細の分析を実際にエクセルで行いたい人はコメントください)。分析を通じて、いくつのクラスターの分けると消費者の何%が説明可能か、各クラスターがそれぞれの説明変数をどの程度重視しているかを定量的に理解することができ、各クラスターの合わせたマーケティング施策を考案することが可能になります。裏側で処理されている分析プロセスを簡単に説明すると、サーベイを通じて収集された各要素の数値を基にプロットした消費者をクラスター分けする数で括っていき、その括りの中心点が各クラスターの各要素が占める重要度になります。

コンジョイント分析

ある製品を構成するいくつかの要素が、顧客のWTPにどの程度影響するのかを算出する分析方法です。簡単にいうと、顧客の満足度(utility)をyとしたときに、各要素を説明変数xと置き、回帰分析を行い、それぞれの要素の影響度を算出します。上述のモンクレールの例でいえば、スタイル(ショート・ファー付き、ショート・ファーなし、ロング)、価格($200, $250, $300)、色(黒、ネイビー、グレー)、耐久性(5年、10年、15年)のように、各要素を更に3つの項目に分け、各項目での満足度の違いを定量化します。そうすると結果として、下記のような回帰分析を導出でき、各要素が占める比重も算出することが可能になります。各要素が占める比重を算出できることから、最適な商品コンセプトを決定するための代表的な分析方法となっており、実際のマーケティングで活用されている事例を見たことは度々あります。(こちらの分析もセグメンテーション分析と同様に多く場合、マクロミルなどのマーケティングリサーチ会社を活用することが多いです。エクセルを活用した分析の場合、1消費者におけるコンジョイント分析は可能ですが、大量の消費者サンプルからある製品をコンジョイント分析する場合は、専用のソフトウェアでの分析が必要になります。より詳細に興味がある場合は、conjointlyなどのツールを使ってみるのがおススメです。)

コンジョイント分析の概念
コンジョイント分析結果
各要素が占める比重

MBAの価値って・・・

今回取り上げた3つの科目で学びは、実際のビジネスの場面でも一つの分析手法としては十分に機能しうるものだと感じます。コンサルで働いていた際にAI企業と協働し、「広告費用をどのように配分することが売上向上に寄与するか」、という論点で分析を実施したこともありますが、複雑なモデルを構築しようとした結果、なんのメッセージが言えるのか分からない、ということも経験しており、実際のビジネスに即した、シンプルでありながらも示唆の出る分析手法を学べるのはMBAの良い点だと感じます。統計学、マーケティング関連の本は何冊も読んできましたが、ここまで汎用的に使える分析手法を体系立っていたものはなかったと認識しています。(P&G出身でUSJなどを再建した刀の森岡毅の「確立思考の戦略論」などは定量マーケティングで有名な本ですが、普通の人が実務の片手間で実施するのは中々難しい手法だと思います。)

引き続き、「MBAの価値は何か」という観点から、今後もnoteを更新していく予定です。こういう内容を発信してほしい、などのリクエストがあれば是非コメントいただければ幸いです。

大変励みになります!是非noteやXでDM頂ければと存じます!