柳原良平主義〜RyoheIZM 35〜
子供のための抽象画
絵本を次々と
柳原良平は、絵本『かおかお どんなかお』(こぐま社刊)の大ヒットを受けて、いくつも絵本を出すことになる。『のりもの いっぱい』や『やさい だいすき』(同社刊)では、乗り物や野菜に顔を描いて擬人化し、対象物に親しみを感じさせるというやり方で子供の心をとらえた。
見えないものを描く
ただ『かおかお〜』と『のりもの〜』の間に柳原は、ちょっとした冒険をしている。においという目に見えないものを描くことになったのだ。目に見えないものをどうやって描くのか。普通なら頭を抱えるところ。
しかし柳原はこうした新たな挑戦が大好きのようだ。『このにおい なんのにおい』(同社刊)の初版に同梱された、作者のことばを掲載した紙片には、『絵にしにくいテーマを絵に描いてみたい。今までにやっていないテーマで作品を作ってみたい」と書かれている。
『かおかお〜』で子供と通じ合えたことに喜びを感じ、見えないものを描いても子供はわかってくれるかもしれない。そう感じたのかもしれない。
においには色もなければ形もない。これに柳原は、波打つ帯のような形状を与えた。においをまとった空気が、このように伝わってくるということなのだろう。まざまな色は、においの種類によって使い分けた。絵になってみると、何となくにおいが伝わってくる気がする。
チャレンジ精神とは、好奇心?
常に新しいものにチャレンジする姿勢を持っていた人だったと、柳原のことをよく知る人はみな口を揃えるが、こぐま社の元編集者・関谷氏も例に漏れず、こんな言い方で柳原を賞賛する。
「柳原先生って、興味のあることや好きなことが頭の中にいっぱいあって、それをどうやって、子供にも興味を持ってもらえるように引き出してくるかって、そういうことを考えてる方だと思うんです」
オノマトペにも挑戦!
さらに柳原はオノマトペというか、擬音語や擬態語まで絵にしている。『むにゃむにゃ きゃっきゃっ』(同社刊)がそれだ。書名のとおり、”むにゃむにゃ”とか”きゃっきゃっ”以外に、”ぷくぷく”とか”どすーん”などという文字に絵が対応している。しかし、こういう本が企画され出版される会社がすごい。そのあたりを関谷氏に聞いた。
「なかなか難しいですよね、ああいう作品は。あれはね、抽象的なテーマを掲げて開催された柳原先生の展覧会を観に行ったことがあって、それがきっかけで生まれたんです。擬音を絵にできたら絵本になるんじゃないかって、当時先生の担当をしていた編集者が考えたんです」
実は、その素材は
柳原の展覧会を毎年主催していた美術著作権センターの佐々木氏が、おそらくは関谷氏が訪れたその展覧会について語ってくれたことがある。
「切り絵を作るとき、切り取って残った紙があるじゃないですか。普通は残った紙は捨てちゃうんですけど、あるとき、それがすごく抽象的で面白かったんで、それを先生は組み変えて、展覧会に出品されたことがありました。」
残りものの紙を素材にして展覧会を行ったというのだ。『むにゃむにゃ きゃっきゃ』も、そうした残り紙を使用して作られたものだと佐々木氏は言っている。
作家もすごいが、編集者も
とはいうものの、残った紙の形を見て、面白い形と感じられる柳原の審美眼がすごい。クリエイターは、そういう部分に敏感で、決して見逃さない人種なのだ。そういう意味で佐々木氏は、それを絵本にした編集者も称賛する。
「こぐま社の担当者がよくやりましたよね。普通ならやらないと思います。ああいう企画は」
大人に理解不能の世界
できあがった本をめくると、ふーん、という印象しかない。悲しいかな大人の目で観てしまうからだ。どうしてこんな色でこんな形になるのか、という理由ばかり考えてしまう。
ランダムな色、ランダムな形が使われているとしか(大人の目からは)思えないが、そこに意味というか方向づけというか、何らかのニュアンスがあり、それが子供の心をつかむのだろう。
子供になれる柳原?
柳原は、いったいどんなイメージで色や形を選んでいったのか。どすーんという色? どすーんという形? 関谷氏によれば、こういうことらしい。
「先生はいい意味で、子供が持つような好奇心を働かせて、考えていた方だと思います。体や頭の中に詰まっているおもしろいことを、そのアンテナで引き出してくるのです」(以下、次号)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?