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映画評|『LOVE LIFE』 知らない町の知らない団地の後戻りができない人生の物語

  知らない町を歩いていると知らない団地に迷い込むことがある。団地を見ると心が騒ぐ。べつに自分が団地で生まれ育ったわけではなく、団地生活に憧れがあるわけでもない。けれど団地を見ていると(とくにベランダに干された洗濯物を見ていると)、部屋の数だけ後戻りができない人生の物語がぎっしり詰め込まれているような気がして、胸が苦しくなる。
 
 あるいは、知らない町を歩いていて知らない団地に出会うと、じつはその団地に自分が住んでいて、その団地の一室に見知らぬ妻と子どもがいて、自分の帰りを待っているのではないかと夢想することがある。その部屋に「ただいま」と言って帰宅する自分は、今の自分とはまったく違う仕事を持ち、まったく違う人生を送っている。……なのだけれど、それはやっぱり自分なのだ。その夢想は、もはや願望に近いものになっている。
 
 実際に、見知らぬ団地に住んでいるふりをして、団地の中を歩いてみたり、少し階段をのぼってみたり(かなり危ない行為……)、団地内の公園で休んだりする。もっとも、多くの場合は、遠くから眺めるだけなのだが。知らない団地に、出所不明のノスタルジーを覚える。知らない団地なのに、なぜか生まれ育ったところに戻ってきたという感傷が生まれる。
 
 この映画の舞台は、そんな見知らぬ町の見知らぬ団地である。木村文乃という女優は、見知らぬ町の見知らぬ団地に住んでいるであろう女性を、ナチュラルに演じている。全国の見知らぬ団地に住んでいる妻のすべてが木村文乃なのではないか、と思わせるほどに。彼女が住んでいる団地の室内は、気が滅入るほどに夢想の中の団地の部屋を体現している。
 
『LOVE LIFE』という題名は、不幸の反意語なのだろうと予測できる。実際に、どこか不幸の影がある若い夫婦に取り返しのつかない悲劇が襲う。夫婦はその出来事に対処しようとするが上手くいかない。そこに失踪していた妻の元夫が現れる。韓国国籍を持つ聾唖者だ。妻は元夫に依存しようとし、夫は別れた元婚約者に逃げようとする。そんな行き場のないストーリーは、団地で生活しているからこそ起こる物語なのだと思う。見知らぬ団地の無機質なドアの向こう側には、そんなストーリーがたくさん詰まっているのだ。
 
 十代の頃、新聞配達のアルバイトをしていたことがある。自分の配達の区域内に、古い団地があった。エレベータもないような貧しい団地だ。階段には、子どものおもちゃや、古雑誌の束や、枯れかけた植木や、石油缶や、よくわからないガラクタが散らかっていた。ある風の強い日、とめておいた自転車が風で倒され、前カゴに入れていた新聞紙が団地の中庭に舞い上がったことがある。竜巻のように宙を舞う新聞紙を、呆然と眺めながら、なにかしら爽快感のようなものを感じていた。その光景を美しいとさえ思った。
 
 いつか自分もこのような古い団地に住むことになるのではないか。そこでとんでもない不幸な目に合うのではないか。でも結局、なんとか生きていくことになるのではないか。幅広い選択肢が自分の目の前にあったはずなのに、なぜかそんな人生を送ることになるような気がしていた。不幸には、とくべつな吸引力がある。その先に何が約束されているのか、その当時はよくわからなかった。もちろん今だってわからない。でも『LOVE LIFE』には、その答えのひとつが描かれているような気がした。
 
(2022年 日本映画 監督:深田晃司 U-NEXTで視聴可能)

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