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パーコレーター

メキシコに駐在して4年目の春、新型コロナウイルスが襲ってきました。我々はグアダラハラに住んでいたのですが、メキシコシティが先に恐ろしいほどの被害を受け、私の会社の従業員の中にも、知り合いや親戚が亡くなったというような気の毒な方が、何人もいるような状態でした。こうした事態を受けて、すぐに外出禁止令が出される等、一時は普段車や人が行き交うメイン通りも人っ子一人いない状況となり、我々は遠く離れた異国で一体どうなってしまうのだろうと途方に暮れてしまっておりました。

その後コロナの流行の波が何度か襲い、そしてそれを何とかやり過ごし、ようやくコロナがある生活にも慣れ始めたころ、我々夫婦は、明確には禁じられてはいなかったと思うのですが、息抜きのために人の目を盗むようにして市内のホテルに泊まったり、そのホテル近くのショッピングモールで寝具や家具、食器等を見て、閉塞感漂う日常生活に何らかの潤いを見つけようとしておりました。そんな時に、高級モールのテーブルウェア売り場で目に留まったのが、冒頭の写真にあるビアレッティ(Bialetti)のモカ エクスプレスだったのです。

なお、念のためにウィキペディアでパーコレーターについて調べてみると、モカ エキスプレスは正確にはパーコレーターではなく、マキネッタのようなのですが、もう呼び慣れてしまっているので、これからもパーコレーターと書いてしまうことをお許し下さい。

前々からその存在は知っていたのですが、作る過程で出るプシューッ、或いはキーンといった今すぐにも破裂しそうな音に恐れを抱き、なかなか家庭で使用するという発想がありませんでした。ただ、メキシコに来て妻が時折手伝いにいく孤児院(カサ・オガール)でシスターが子供たちのためにこのパーコレーターをいくつも使用してエスプレッソを作る光景を見慣れるようになっていたこと、コロナ禍の気晴らしに視聴を開始したネットフリックスの番組でもヨーロッパの家庭の一風景としてパーコレーターが当たり前のように日常に溶け込んでいたことから、徐々に我々も家庭で使っても良いかもと思い始めていた矢先のことでした。

しかし、いざ本当に買うとなると、妻は例の破裂しそうな音を思い出して怖気づくので、私は、家庭でエスプレッソを飲むことができれば、このコロナ禍の不自由な生活にも彩りが生まれるかもしれない、そもそもそんなに危険なものであるなら、様々な一般家庭に浸透する筈はない、それに売り場には定番の銀色に加えて赤やゴールド、青、そして様々な大きさのパーコレーターが揃っていて、日本では望むべくもないラインナップからいくらでも自由に選択することができるから、このチャンスを逃す手はないと力説しました。

何事も、思い切って見なければ、幸運は掴めないものだと、この時も後からしみじみ思いました。パーコレータのある生活とない生活、これはどう喩えればわかってもらえるでしょう。自宅に居ながらにしてカフェの香りと空間と安らぎを得られるとでも言えばよいのでしょうか。おまけにビアレッティはデザインに無駄がなくシンプルでありながら愛嬌があります。それからというもの休日の朝は必ずビアレッティでコーヒーを点てております。また、私が平日早い時間に帰宅できる際もこのビアレッティが登場します。それ以外にも、コーヒー豆探しを楽しんだり、食器売り場でエスプレッソ用カップやソーサーを探したり、はたまた映画やネットフリックス、You Tubeなどでパーコレータのある暮らしを見るのも新たな楽しみとして加わりました。

コロナ禍からwith コロナへと移り変わりましたが、パーコレーターには今後は客人にもくつろぎの一時を与えてくれるような、我が家の囲炉裏のような存在として、頑張り続けてもらいたいと思っています。


くつろぎの空間(クスコのホテル)



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