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“実験的プロセス”コーヒーの市場価値と生産のリスク②

こんにちは、ROUTEMAP COFFEE ROASTERSです。

前回に引き続き、“実験的プロセス”による精製が果たして消費者側と生産者側でどのように認識され、どのようなギャップがサプライチェーン内で起こっているのか。

また、コーヒー生産者に与える影響、農園の規模ごとで見える市場格差について、世界中で発信されているリソースを引用しながらまとめていきたいと思います。


4)絶大な付加価値と導入コスト

グアテマラ アンティグア/サンタ クララ農園:Washedプロセスの発酵層の様子

市場からかなりの評価を得られ、付加価値がつけば今までにないほどの高価格で取引されるコーヒーが作り出せるのなら、毎年厳しい環境で手間ひまかけてコーヒーを生産する農家にとっては絶対に取り入れたいはず。

しかし、この実験的プロセスは果たしてすべての農家が利用できるものなのでしょうか?

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“実験的”と称されるコーヒーの精製技術は、プロセス内の調整する変数(豆の成熟度から糖度、発酵温度、タンクの圧力、乾燥度など)が多く、農家がプロセスの過程でそれらをよりコントロールする必要があるため、従来の精製方法よりかなり複雑であるのが一般的です。

その複雑なプロセスにかかるコストに伴い、カップクオリティ次第では“実験的プロセス”コーヒーはオークションで高値で取引される傾向があります。

2019年、パナマのコーヒー会社ナインティ・プラスは、「プロトタイプ(試作品)」のマイクロロットコーヒーを、当時記録的な1ポンドあたり4,535ドル(当時日本円で約50万円弱…1kgあたり約110万円!)で落札しました。

このコーヒーの正確な詳細は伏せたままでしたが、独自の精製技術を取り入れた「実験的限定バッチ」だと言われていました。

当然、生産者やコーヒートレーダーはこのような高値に目を見張り、大きなブランド効果を得られるとして市場の一角を占める機会をうかがいます。

この取引例から見えるように、コーヒーにおける“ポストハーベスト処理”は他の食物のように『品質や食の安全を守る』だけでなく、革新的な風味を作り出し、大きな付加価値を与える可能性があるのです。

ポストハーベスト…一般的な定義は収穫後の農産物に、防かび、防腐、発芽防止のために農薬を散布すること。今回のテーマにおいてはコーヒーの『精製加工』の部分を示しています。

出典:コトバンク

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精製とはコーヒー生産の最も重要な側面の一つであり、特に実験的な技術に関しては、慎重かつ徹底的に管理された方法で実施される必要があります

しかし、先述したように実験的プロセスの精製技術は労働集約的で、人件費や設備管理費など、徹底していくほどコストは大きくかかります。

実験的プロセスの実施に踏み切れるのは、資金力と試作のための資源、そして適したテロワールを持つ農家に限られるのです。


5)農園の規模別生産プロトコル

コロンビアのコーヒー農学者Hernando Tapascoさんは、小規模、中規模、大規模の農園でポストハーベストのプロトコルを開発し、農園を『3つのレベル』に分類しています。

(農園規模、各規模ごとのコーヒーの流通量についてはこちらで詳しく解説しています↓ )

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・生産プロトコル:レベル1

…一般的にクリーンで安定した品質のコーヒーを生産するための最良の栽培方法を学び、実践をする段階。

・生産プロトコル:レベル2

…生産者はすでに生産技術や栽培環境を整えており、ウォッシュドプロセスの品質に一貫性を持つ。

・生産プロトコル:レベル3

…ハニープロセス、ナチュラルプロセス、あるいはカーボニックマセラシオンや嫌気性発酵を探求する準備を整えている。

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Hernando氏曰く、コロンビアでは小規模農家の約70%がレベル1、残りがレベル2と3であると言います。

Anaerobic fermentation(嫌気性発酵)やCarbonic maceration(二酸化炭素発酵)など、より高度な方法でコーヒーを精製しているのは、一般的に『エステートファーム』と呼ばれる中規模、大規模農家です。

このような農園は、施設、インフラ設備、経済的な資源を利用できるため、コーヒーの精製を『試験的』に実施することが多く、また各分野の専門家を雇い、コーヒーのプロセスに応用・標準化し、一貫性と発展のあるプロトコルを作成するために適切な時間をかけているところも少なくありません。

「実験的プロセスとは、非常に高価なものです」とHernando氏は言います。

「農場ごとにニーズが異なるので、正確な数字を出すのは難しいのです。しかし、それをやっている人たちは、コーヒー以外のものを主な供給源とする起業家に近いと思います。彼らには“リハーサル”を何度も行う機会があるのです。」

5.5)ROUTEMAP COFFEEが“ウォッシュド”プロセスのコーヒーのみを揃える理由

ここで本題から少し逸れます。。。

当店をご利用の方の中にはお気づきの方も多いかもしれませんが、ROUTEMAPが扱っているコーヒー豆のラインナップは全て“ウォッシュドプロセス”のみを揃え、みなさまに提供しています。

その理由は、先述のHernando氏が開発したプロトコルにも挙げられている様に、“小規模農園が安定して持続的に高品質なコーヒーを生産できる”ためです。

ウォッシュドプロセスでコーヒーを精製することで毎年安定したクオリティを作り出し、持続的にコーヒーを市場に流通させていくことで、あらゆるリスクを回避しながら安定して生活できるようになります。

それは、消費国のコーヒーショップも同様です。

我々コーヒー消費国の事業者も、彼らのコーヒーを持続的に買い続け、安定した品質のまま美味しいコーヒーを消費者に届けなくてはなりません。我々ROUTEMAP COFFEE ROASTERSは、それを開業当初から実施しています。

もちろん生産背景だけでなく、品質面でもウォッシュドプロセスを推奨しています。

というのも、テロワールの特性や農園の生産背景(これはエチオピアやブラジルなど伝統的に行われてきた“ナチュラルプロセス”も同様です)が大きく反映されるプロセスであるので、ウォッシュドの中で地域や農園ごとに異なる味わいのニュアンスが楽しめるからです。

ここで一度確認しておきたいのですが、ナチュラルやハニーがコーヒーのマーケットにとってネガティブな存在ではないということではない点です。

①の記事でも説明した通り、生産地域ごとの栽培環境に適した方法であれば、状況に応じた生産のシステムが土台から整っているので安定的で持続的なコーヒーが流通することは可能です。

また商売となると市場ごとのニーズに応じたマーケティングも必要となります。そこに関してあれこれ指摘するライセンスは誰も持ち合わせていないのです。

ただ、このような情報を共有し続けることで、コーヒーマーケット全体の需要の意識を変えることは可能だと考えています。

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実際この生産事情に気づいたのも、カナダでコーヒーを学んでいた時に働いていたBOWS X ARROWS COFFEE ROASTERS(現BOWS COFFEE ROASTERS)のオーナー、Drewの生産者への想いからでした。

(のちにこのnoteでも書いていくつもりですが、実はカナダではコーヒーの焙煎や抽出の技術はほとんど独学で得たもので、彼から学んだことはコーヒーの生産背景に関することのみでした。)

グアテマラ Sole dad農園:思い出の一枚。左から3番目がBOWS COFFEEのDrewです。

彼が今も向き合っているコーヒー生産背景の課題、それを解決するためにコーヒーショップとして“正しくあるべき”ことは一体何なのか。

このことを日本のコーヒー業界に携わる全ての方に届けることができたら、それが当時の僕と同じように知ることでどう向き合い、どう行動するべきかを考えるきっかけになると考えています。

ROUTEMAPをきっかけとして、それぞれがコーヒーとどのように携わっていくべきか、指標を定めるためのヒントになったり。

また消費者にとっても、コーヒーを購入する際に『どの店でどのコーヒーを買うか』の判断材料となるよう、これからも情報発信をしていきたいと思います。

コーヒーは人々の生活を豊かにするもの。いろいろ考えるなかでもまず、コーヒーを楽しむ気持ちは一番大切に🍀

6)生産者が陥る“認識の罠”

前の記事で述べたように、ほとんどの実験的プロセスにはコーヒーチェリーのミューシレージ(果肉と種子の間にある粘質膜)に含まれる糖分で『発酵』を促す精製方法が用いられています。

この『発酵』を用いた精製ですが、プロセスの過程で発酵度が高くなるほど、品質を損なうリスクが高まります。

厳密な管理を行わなければ、過度の発酵を引き起こし、酸っぱいミルクや腐った果物、低品質のワインのような収斂味、鉛のような金属臭など、好ましくない風味をもたらしてしまうのです。

そのため、実験的プロセスに関心をもち、実践している多くのコーヒー農家は、より細かく管理できるように小量ロットで精製を行っています。

つまりこの水準で行われるプロセス間の品質管理は膨大なコストがかかるため、実験的プロセスにすべてを賭けることは小規模農家にとって経済的なリスクが非常に高いということなのです。

グアテマラ アンティグア/サンタ クララ農園:Washedプロセスの発酵度合いをチェックする様子

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全てのコーヒー農家にとって、はたして実験的プロセスは“現実的”な方法なのでしょうか?

ほとんどの生産者は、自分たちのコーヒーの価格が上がる可能性のある技術革新には積極的です。

確かに発酵を促して精製するコーヒーを生産することで、農家がより多くの市場へアクセスできる力を得られるのであれば、導入することを検討すべきなのですが、生産地域ごとの栽培環境に適した方法を見出し、行われてきた“伝統的な精製方法”にそれは取って代わるべきではありません。

生産者はこの実験的プロセスのコーヒー市場が成長しているとはいえ、まだ比較的小さくニッチな領域であることを認識する必要があるのです。

なぜなら多くの生産者が陥る罠は、「国内の他のコーヒー生産者がこの実験的プロセスを実践して、コーヒー市場のニーズへの対応に成功しているから、自分も同じようにできる」と思い込んでしまうことだからなのです。

「実験的プロセスのコーヒーが、農園を成功へと導くレシピだと信じている生産者もいます」とHernando氏は説明します。

しかしそうではありません。それぞれの農園には、農業生態条件の多様性に基づいた独自の設計が必要なのです。

③へ続きます。

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小規模スペシャルティコーヒーショップ【ROUTEMAP COFFEE ROASTERS】
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