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紀ノ国妖怪考“ヤマオジ”①和歌山の山間部に伝わる怪異譚

小さい頃から祖母と暮らしていたためか、地元のお年寄り達に色々な昔話を聞かせてもらって育った。
そのせいかどうか、長じてから地元和歌山の民間伝承に興味を持つようになり、文献を調べたり古老に聞いたりして、色々な話を集めるのが趣味になっている。
民間伝承について調べていくと、妖怪話の豊富さに驚かされる。しかもそういった話は、一昔前の人々には身近なものであったようで、八十代くらいの人達に話を聞くと、狸が人を化かす話や山で不思議な生き物を見た話などを、ごく当たり前のように語ってくれる。

そんな和歌山の妖怪の中に、“ヤマオジ”という一部の地域で細々と伝承されている存在がある。
このヤマオジがどんな妖怪なのかを紹介し、この妖怪が語られてきた背景について考えてみたい。

和歌山のヤマオジ伝承

ヤマオジは、田辺市大塔の富里地区や中辺路町近露など一部の地域で細々と語り継がれている妖怪で、その名前は「山のおじい」という意味だと思われる。
このヤマオジは具体的にどんな特徴を持っているのだろうか。
まずその姿形について、南方熊楠が柳田国男に宛てた書簡から見てみたい。

丸裸に松脂を塗り鬚毛が一面に生えており、言語も通じず、牛を喰らう。言わば猴類で二手二足ある。
(南方熊楠「諸君の所謂山男(書信一節)」『郷土研究』4巻11号、1917年)

猿のような姿をした二足歩行の怪物というイメージだ。鳥山石燕の描いた「山童」が近いのかもしれない。
次に、このヤマオジの具体的な性質について整理する。

妖怪が持つ性質(その性格や行動)について、人々のイメージはある程度固定されている場合が多い。河童なら人の尻小玉を抜いたり時には相撲を取ったりするし、天狗は人を攫って隠してしまう。
ヤマオジがどんな振る舞いをするのかを調べれば、人々がヤマオジに対して抱いていたイメージを追うことができる。
まずは國學院大學の民俗学研究会が、大塔の富里地区で採集した話を見てみよう。

昔、山オジがよく来ると言った。大きな椎茸を見付けても十分にあぶらずに家に帰った。山オジは大きな声で笑うので気持ちが悪い。気に入らないことがあると笑うと言われる。山の中で魔物に憑かれたような状態になった場合、「どこどこの人が、ヤマジイに吠えてまくられて、おどけてしまった」というふうに言った。
(國學院大學民俗学研究会「和歌山県西牟婁郡大塔村(旧富里地区)」『民俗採訪』昭和51年度号、1977年)

「笑う」ことと、「大きな声で吠える」という特徴が伝えられているのが分かる。ちなみに資料中の「おどける」とは、「気が狂ったようになる」くらいの意味だと思われる。
また、『民間伝承』という民俗学雑誌にも、和歌山県内の事例としてヤマオジの話が出て来る。

山オヂは猿の古い奴であると言われている。山小屋または炭焼窯のそばへ好んでくると言われる。山行人は、山オヂに遭うと向こうが吠えてくるが、吠え負けしたら食われるので大声で吠える。
(眞砂光男「狼の話其の他」『民間伝承』12巻8・9合併号、1948年)

こちらでも「大声で吠える」という特徴が出て来る。しかし「吠え負けしたら食われ」てしまうというのは恐ろしい。また、「猿の古い奴」というのは、南方熊楠の書簡とも通じる。
さらに、こちらは民話や昔話に近くなるが、狩人が知恵で以てヤマオジを撃退した話もある。

中辺路町近露に仙八という猟師がいた。いつものように山へ猟に行くと、向こうからヤマオジがやってきた。ヤマオジは仙八に向かって、「吠え合いをしてどっちが声が大きいか比べよう」と言った。
仙八はいやいやながらも引き受けた。そして、「お前が吠えるときは、俺は耳を塞いでいるから、俺が吠えるときはお前は目をつむっておれ」とヤマオジに言った。
まずはヤマオジが吠えると、その声は凄まじく、山はぐらぐら揺れ、岩は転げ落ち、生葉が吹き飛んだ。
ヤマオジは「大きな声じゃろうが」と得意げだが、仙八は「蚊の鳴き声みたいじゃった」と言った。
今度は仙八の番になり、ヤマオジに目を押さえさせておいて、耳もとで鉄砲をぶっ放した。ヤマオジはびっくりして飛び上がり、そして縮み上がって、「お前の声の大きいのにはとても勝てん」と行って逃げていった。

この他、私が地元のお年寄りから聞いたなかにも、ヤマオジの話があった。
・ヤマオジは人を見ると笑い、とても大きな声でさけぶ(大塔の鮎川地区)
・ヤマオジの声がすると不吉なことが起こる(中辺路町近露)

これまで文献資料や口頭伝承などを参考にヤマオジの特徴を見てきたが、その中で私が気になったのは次の2点だ。
 ①大声で吠える。人間は吠え負けると害される。
 ②笑う。笑われると良くないことになる。

和歌山にも色々な妖怪がいるが、同じような特徴を持つものはあまり聞いたことがない。
どうしてヤマオジという妖怪が、このような特徴をもって語り継がれてきたのか。その伝承の背景を探ってみたい。

色々と調べていくと、どうやら高知県にヤマオジと似たような特徴を持つ妖怪がいることが分かった。その辺りに背景を探るヒントがあるかもしれない。
次回は、ヤマオジの「大声で吠える」と「笑う」というそれぞれの特徴について、高知県の妖怪を参照して考えていきたい。

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