見出し画像

【本を薦める記事】東雅夫編『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集』

アンソロジスト・東雅夫が、明治~大正時代の文豪の作品の中から、怪談話や不思議な話をチョイスした『文豪怪談傑作選』の一つ。
芥川龍之介と言えば、「羅生門」や「鼻」、「杜子春」なんかが有名どころですが、本書を読めば「こんなにアヤシイ話も書いていたなんて!」と新鮮な発見があること請け合い。
怪談アンソロジーの名手によって編まれた、数々の『アヤシイ話』が楽しめる一冊です。以下、収録作品の中から、個人的に面白かったものを簡単に紹介します。

1.黒衣聖母

「どうです、これは。」と言いながら、友人のコレクターがテーブルに置いたのは、一体のマリア観音でした。
マリア観音とは、江戸時代、禁教令下で、キリシタンが聖母マリアに見立てた観音菩薩像。その多くは青磁や白磁で出来ていて、その名の通り慈悲深い御顔をなさっているのが普通。
しかし、そのマリア観音は、象牙で出来た御顔以外は、黒衣を纏ったように、真っ黒な黒檀で出来ていました。
それだけでなく、その表情も、顔全体に悪意を帯びた嘲笑を含んでいるかのように「私」には見えたのです。
思わず、「何だかこの顔は、無気味なところがあるようじゃありませんか」と言います。
すると友人も陰鬱な目つきとなって、
「実は、このマリア観音には、気味の悪い因縁があるのだそうです……」
と、黒衣聖母の前の持ち主にまつわる不可思議な話を語り始めます。

北森鴻の「蓮杖那智シリーズ」に出てきそうな怪しいマリア観音の秀逸なビジュアル。
前の持ち主に起こった怪しい出来事。
詳しい説明を与えないままの幕引きに、しばらく不思議な余韻を楽しめるおすすめの作品です。

2.妖婆

大正時代、東京は両国界隈のお話。
本屋の若主人・新蔵には、お敏という恋人がいました。
しかしこのお敏が、半年以上も行方不明になっているのです。
暗い日々を送る新蔵は、友人の泰さんの提案で、怪しい力を持つと恐れられる占い師、お島婆にお敏のことを見てもらいにいきます。
お島婆の家から出てきた美しい娘を見た新蔵は、驚いてそこから逃げ出します。なんと、この娘こそ、行方知らずのお敏その人だったのです。

後日、新蔵は、お島婆の監視を一時的に逃れたお敏と再会。
そこでお島婆の恐ろしい妖術の秘密と、お敏を利用した悪辣な計画を知ります。
お敏を救い出すため、お島婆と対決する決心をした新蔵。
泰さんやお敏の力も借りながら、何とか計画を実行しようとしますが……。

「蟇の怪が人間の姿を装ったような」と言われる奇怪な見た目に違わず、このお島婆の妖術が凄まじい。
蛇で首を絞め上げる、大きな眼球で相手を追跡する、電話を盗聴する、人を呪い殺すと、何でもありのやりたい放題。
新蔵や泰さんの身にも不可解なことが次々に起こります。
そしてラストは意外な形で決着します。

全体的におどろおどろしい雰囲気の話なんですが、どこか冒険活劇のような軽快さ、爽やかさもある作品です。

3.二つの手紙

警察署長に宛てられた二つの手紙。
どちらも同じ差出人からのものでした。
その内容は、佐々木信一郎と名乗る差出人の周りに、もう一人の自分、そして自分の妻が現れる、というものでした。
佐々木は、ある時はもう一人の自分を、ある時は、もう一人の自分がもう一人の妻と一緒にいるのを目撃するようになります。
そして、その「もう一組の夫婦」は、佐々木の知人達にも目撃されるようになります。
妻の不貞が疑われ、侮辱・嘲笑される佐々木は、警察署長に保護を求めて手紙を出したのです。

ドッペルゲンガーを主題にした作品ですが、読んでいると、「佐々木に起こった出来事が異常なのか」それとも「佐々木の精神が異常なのか」分からなくなってきます。
そんな気持ちのまま、二つ目の手紙の部分を読むと、ぞっとした気分を味わえます。

他にも、謎の赤帽(ポーター)の姿に怯える婦人を書いた「妙な話」、幻燈の中に現れる少女への淡い気持ちを書いた「幻燈」、
そして、柳田国男の「遠野物語」に触発されて、芥川が書籍や友人たちから集めた妖怪話をノートにまとめた「椒図志異」など、読み応えのある怪異譚がたくさん収録されています。

文豪・芥川龍之介の「お化け好き」な一面を堪能できるアンソロジーです。

アンソロジーから作家に興味を持ち、全集を読んで色んな作品を探すくらい、その作家にハマってしまうこともあるので、こう言った本は意義があると思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?