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【レビュー】『批評の教室』北村紗衣著 ―批評することの覚悟―

「批評」せずにはいられない人

本やマンガを読むとき、映画を観るとき、音楽を聴くとき、あれやこれやと考えたり、分析したり、解釈したりしなければ気が済まない人種が、世の中にはいる。

頭を空っぽにして作品を楽しむということが、どうしてもできない。そして自分の考えを誰かに知ってほしくて、酒場で長広舌をふるったり、文章を書き殴ったりする。

単純に作品を楽しみたい大多数の人にとって、こういう連中はめんどくさい。だから、批評したがりの人間は一人になりやすい。もしくは集団の中でもやもやを抱えやすい。

(私も含めた)そういう人におすすめしたいのが、北村紗衣著『批評の教室』だ。

本書では、批評するうえでの基本的な読み方や分析の仕方が丁寧に解説されている。批評に興味はあるが、体系的に学んだことのない人にとって役立つはずだ。

ただ、本書を批評好きな人におすすめする一番の理由はそこではない。実際に批評し、それをもとに他者と議論するコミュニティの重要性に触れている点だ(コミュニティの実例として、著者と著者の指導学生との議論まで載っている)。

作品について、あれやこれやと考えすぎていつの間にか自分の世界に閉じこもってしまう人は、実は自分と同じような人間が集まる場所を求めている。そして自分の意見を誰かと共有したいと思っている。

一人であれこれ考えるだけではやはり寂しいし、何より独りよがりな解釈になりやすいため、あまり健全ではない。

一方、自由に議論できるコミュニティがあれば、フィードバックや意見のぶつけ合いを通じてより深く作品を解釈できるようになる。コミュニティが機能することで受け手のレベルが上がれば(つまり作品の価値づけを正しく行えるようになれば)、作り手にも好影響を与えられるかもしれない。

何より、そうしたコミュニティにいるのは楽しいはずだ。

だから、私のような人間はそういう場所を積極的に探さなければ(場合によっては自分で作らなければ)ならないのだろう。

批評家は嫌われて当然

書き言葉であれ話し言葉であれ、批評を他者に公開すると、反発を招くことが往々にしてある。悪い評価を与える場合は特にそうだ。

「そんなに批判するなら自分で作品作ってみろよ!」
「批評家は口先だけで何も行動しないじゃないか!」

批評家は常にこうした批判にさらされるわけだが、本書でははっきりと、批評家は嫌われる職業であり、皆から好かれるのは不可能だと書かれている。

批評を書く時の覚悟として大事なのは、人に好かれたいという気持ちを捨てることです。

『批評の教室』p.176

…作者が可哀想だと思ったり、ファンの反応を怖がったりして手加減してしまうと、永遠に良い批評は書けません。<中略>どうせ批評家が好かれるようになることなど金輪際ないのですから、ここは自分に正直になってください。人が喜びそうなことではなく、自分が考えたいことを考え、書きたいことを書きましょう。

同 p.177


この指摘は非常に重い。というのも私の場合、実生活で「いい人」を演じやすいからだ(実際は大していい人ではないのだが)。

しかし、批評的にものを考えずには気が済まない性格である以上、批評をするときぐらいは「いい人」をやめなくてはならない。

間違っても、「悪い」ものを「良い」と言うのだけはやめよう。そうしなければ、行き着く先はカネや立場のために駄作を推薦する御用批評家だろう。

それにしても、批評好きな人間はもともと少数派であることに加え、嫌われることが前提であるというのは、なかなか人生ハードモードだ。

まあ、そんな性格に生まれてしまった以上、仕方がないのだけれど。





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