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音楽という名の寂しくならない魔法


小学生の頃、私は学校のヒエラルキーの底辺にいた。お母さんとお父さんに日本語しか教わらず、そのまま白人ばかりの小学校にブチこまれたため私は英語があまり得意ではなく、その上に家が致命的に貧乏。最新のオモチャなど買ってもらえるわけもなくいつも仲間外れ。 

放課後、誰とも遊ばず家に帰って日本のお笑い番組「とんねるずみなさんのおかげです」「オレたちひょうきん族」「ボキャブラ天国」などをビデオデッキに入れて学校で起きた嫌なことを笑い飛ばすのが日課になっていた。

そんなある日、小学校5年生の時「修学旅行」のご案内の手紙を渡された。もう脳裏に横切る地獄絵図。気が知れない人たちと同じ空間で飯を食い、一緒に行動をし、同じ部屋で寝泊りをする。想像しただけでも辛すぎて体中に蕁麻疹がでた。

私はご案内の手紙をそっと破いて処分し、知らぬ顔をした。そんなある日お母さんに「あなた学校から修学旅行の支払い請求書来ているけど、なんか手紙もらってない?」と聞かれた。ギクっ。延期したと思った私のバッドエンドは思いの他早く訪れてしまった。 

修学旅行のことは母親にバレてしまい、お母さんは修学旅行のお金を入金した。貧乏な家族、修学旅行がどれだけお金が掛かることかもわかっている。もうこれは行くしかない、、、と心の底から覚悟を決めた。

だが日が近くにつれ「本当に行きたくない」と、どんどん心が騒めく。いつもゲラゲラ笑って見ていたお笑い番組も笑えなくなるほど。憂鬱な日々を過ごし、私はある目論見を実行することを決めた。修学旅行前日に「風邪を引いた」と言えばもしかしたら家にいられると閃いてしまった。私は天才なんじゃないかと思うぐらい合点がいった。前日の風邪を引いたフリをしようと決意。 

そして修学旅行前日に、私は喉痛みを訴え咳き込みを演出。熱を測ってもらい、母の見えないところ体温計を必死に温めた。おでこを触ってもらい、お母さんは冷静な顔で言った。「あなた仮病でしょ。お母さん頑張ってお金払ったんだから行かなきゃ駄目よ。」我が母の目に狂い無し。全てお見通しだった。 

本当に行きたくなくて私は泣き始めてしまった。誰とも馴染めない人と場所で、私の大好きな宝物のお笑い番組も見れないなんて。想像しただけでも辛すぎて、涙が止まらなかった。その悲しみは寝る時間になっても止まらなかった。

我が家はとても貧乏だったので妹2人とお母さんと私で同じベッドで4人で寝ていた。夜遅くに泣いている私に気づいたお母さんがムクっと起きた。「そんなに泣くんだったら行かなくてもいいよ」と言ってくれるかも。と思った矢先にお母さんにビンタをされた。「黙って寝ろ!!!!!」ビックリしすぎて私の涙はピタリと止まり、ジンジンする頬とジンジン痛む心の痛みを抱え朝を迎えた。 

地獄の修学旅行の朝、ほとんど家にいないお父さんがバス亭まで送ってくれることになった。朝早いこともあり、バス停まで霧がかかっておりバス停が果てしなく遠くに感じた。

盛大に泣いたせいで私の目は腫れ上がっており、ずっと黙って下を向きながら歩いていた。バス停に行く道の途中お父さんは急に立ち止まった。そして「ほら、これ」と黒い糸の先に丸いものを渡してくれた。なんじゃ、こりゃ。と私は思った。「これを耳に入れるんだよ」お父さんが耳の中にそっと入れてくれた。音楽が流れた。今まで聞いたこともないくらい綺麗な女性の歌声。私は黒い糸をお父さんとはんぶんこして黙ってバス停まで歩いた。 

バス停につき、バスを待っている最中。お父さんは何やらガサゴソし始め。「ルイ、これがあればもう寂しくないからね。」黒い紐の先に小さなが機械がついており、私にくれた。当時のMDプレイヤーだ。MDのカセットはたったの一枚、宇多田ヒカルのファーストアルバム「First Love」。

気づいたらバスは目の前に止まっていた。もう時間だ。私はMDプレイヤーを握りしめてバスに乗り、一番バスの後ろの席まで駆け寄り、バスは出発し、手を振るお父さんの姿が消えるまで手をずっと振り返した。

私は修学旅行で仲間はずれにされても、一人でMDプレイヤーをこっそり聴いていた。朝起きて歯を磨く時も、みんながワイワイ話している最中も、一人でご飯を食べている時も、寝る前にも。3日ほぼ誰とも喋らず、無限ループで宇多田ヒカルを聴き続けた。お父さんからMDプレイヤーを渡されたあの日から私にとって音楽は寂しくならない魔法になった。

修学旅行から帰宅し、いろんな音楽に興味を持ち始めるようになった。家の中に眠っていた8センチCDを流し、自分の好みのものを探した。だけど、宇多田ヒカルに叶うものはない。朝土日早起きをし、PVがひたすら流れる番組RAGEに首ったけになりお昼までずっと番組を見ていた。そして次々と好みの音楽をメモに書き、CDショップに行き、ニルバーナやレッドホットチリペッパーズのCDを握り締めいつか買える日を夢見た。 

どうしても行きたくない修学旅行の朝、お父さんがMDプレイヤーをくれなかったら私はきっとこんなに音楽にハマることはなかっただろうと思うとお父さんは素敵な人であり、とても罪深い。

音楽の魔法の威力は凄く、私以外にも寂しい思いをしている人の為に力になれるのではないかと思い始めた。美大卒業後、私はギター一本と数週間分の服と20万円を握り締めて日本に来てしまった。自分の行動力が恐ろしいのか、音楽の力が恐ろしいのか。

音楽という名の寂しくならない魔法は私が大人になっても効果が消えることなく、解けぬ魔法になってしまった。私は現在、現代アートロックスターとして活動をしている。私はいつかこの魔法を消す呪文に出会うか、現実に引き戻してくれるほど濃厚なキスをしてくれる王子様に起こらされる日まで私はきっとこの魔法に翻弄され生き続けるのだろう。

 


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