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プラトン『パイドン』

プラトンの著作では中期に位置づけられる対話篇「パイドン」。本書で論じられるものそれは「魂」である。死へと向かうソクラテスは、取り囲む友人たちに向かって「哲学者にとって死は悪いものではない」と語りはじめる。死とはすなわち肉体から解き放たれることであり、それは魂がそれ自体として在る状態へと近づくことである。そもそも哲学者というのは純正に知を愛し求める。真理を、実在を獲得せんと欲するのだ。けれども肉体は、そうした純粋な思考、真なるものの探究にとってのしばしば妨害者となりがちである。だから死ぬこと、肉体を失うことは、哲学者にとってむしろ望ましいことなのである。そうソクラテスは議論を進める。

はたしてそれは本当に本当だろうか。肉体が失われたのちも魂は存在しつづけられるのだろうか。魂それ自体は肉体とともに生まれ、肉体とともに滅ぶのではないか。そうした疑問が頭に浮かんでくる。実際、そのような疑問は彼の周りにいる者たちから呈出される。けれどもソクラテスは、いやそんなことはない、魂は不滅であるとして、その論証をこころみる。その論証自体はおそらく、現代を生きるわれわれの科学的脳みそにとって説得的とは言いがたいものだ。しかしながらある問いをめぐってひたすら言論を繰り出してゆくソクラテスの姿勢はこの上なく魅力的で、不滅と言ってよいのではないかと思う。そしてまた論証を終えたソクラテスが、いくらかの言葉を人々に投げかけてあっさりと去っていく本書のラストは何とも素晴らしい。われわれはきっとそこに、哲学書「パイドン」が併せ持つ文学作品としての味わい深さを見出すことになるだろう。


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