見出し画像

「冬の夜道」津村信夫を読んで

冬の夜道  津村信夫

冬の夜道を
一人の男が帰ってゆく
はげしい仕事をする人だ
その疲れきった足どりが
そっくり
それを表はしてゐる
月夜であった
小砂利を踏んで
やがて 一軒の家の前に
立ちどまった
それから ゆっくり格子戸を開けた
「お帰りなさい」
土間に灯が洩れて
女の人の声がした
すると それに続いて
何処か 部屋の隅(すみ)から
一つの小さな声が云った
又一つ
また一つ別の小さな声が叫んだ
「お帰りなさい」

冬の夜道は 月が出て
随分とあかるかった
それにもまして
ゆきずりの私の心には
明るい一本の蝋燭が燃えていた 

 私の父も、はげしい仕事をする人だった。高度成長期、週末の休みは一日だけ。それでも家で愚痴を聞いたことはなかった。小さな妹に「ちょっと腰に乗ってくれ〜。ふみふみして。ゔ〜、そうそう、ちょうど良いな。」父は私たちを、いつも笑わそうとしていた。母は「お父さんの靴の底の減りが早い。」と心配していた。
 函館の冬は寒かったが、子供には楽しかった。私たちは玄関の前に雪うさぎを作り、知らないで帰って来た父に、「踏んだ〜!」と騒いだりしていた。家の中でも騒いで母を困らせ、「外に出なさい!」と妹と出された。私たちは、ふわふわのコートと手袋をして出された。こんな出て行きなさいもないもんだ。
 父が帰ってくるのは嬉しかった。夜遅くても、イビキがすごくても、安心していた。この詩を読むと、懐かしいあの頃を思い出す。父と母の作ってくれた暖かい灯りの中にいた。小さな家でも、みんながいて幸せだった日々を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?