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コロナ禍から見えてきたこと〜『家族と厄災』

◆信田さよ子著『家族と厄災』
出版社:生きのびるブックス
発売時期:2023年9月

家族とりわけ親子関係の特権化・聖域化の弊害をみてきた臨床心理士がコロナ禍で加速した女性たちの問題を可視化する。本書のコンセプトは明快です。

三密回避やフィジカル・ディスタンスの推奨で多くの人は外出自粛を余儀なくされました。その結果、どうなったか。当然ながら家事や育児などの負担が平時に比べ増加したのですが、家族で最も弱い立場に置かれた女性たちにケアの役割が集中したのです。その間、女性の自殺者が増加したことははっきり統計にあらわれています。

日本では福祉の不備を「家族の絆」や「家族愛」といった言葉がカバーしてきたことはよく指摘されます。それは同時に、子が親を批判することを抑圧してきた歴史でもありました。親のことを悪くいう子どもは、親ではなく子どもの方が批判されてきたのです。

信田のいう「家族の特権化・聖域化」とは具体的にそのような事態に関わるものです。

 日本で人権概念が家族の中に及んだのは、二〇〇〇年の児童虐待防止法、二〇〇一年のDV防止法が成立してからである。玄関の扉を閉めたとたんに、人権概念は通用しなくなってしまう。狭いコンクリートのマンションの一室で繰り広げられる凄惨な虐待は、親にしてみれば遊び感覚でペットをいじめて笑うことと違いはないのだ。人権などそこには存在せず、我が子なのだから思うままにできると思っている。(p126)

そのような状況を劇的に変えたのが「アダルト・チルドレン(AC)」という概念です。もとは米国で発祥した言葉ですが、日本では信田が著作で紹介したことによって流行語になりました。親子関係に〈加害/被害〉という法的概念をもちこむことで、親から虐待されてきた子どもたちを解放したのです。

とはいえ、当事者以外の家族にまつわる社会通念はそう簡単には変わりませんでした。ACが流行語になった後も、それに対する批判は続いたと信田はいいます。家族は素晴らしいという幻想は未だに大きな力をもっているのです。

 ……カウンセリングをとおして突き付けられるのはシンポシカンでは説明できないような家族の現実である。過去の産物のような、「今どき?」と言うしかない現実の中で、生きている女性たちは相変わらず多い。(p168)

こと「家族の常識」に関するかぎり日本社会はなかなか変化しません。けれどもけっして変えることのできないものでもありません。古い価値観や因習に固執するあまり衰退の一途をたどる日本社会を支えるものとして「家族は素晴らしい」という幻想もまた一役買っています。その幻想から解放されることで救われる人はたくさんいることを私たちは知っておく必要があります。

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