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人と自然が交わるところ〜『映像詩 里山 〜劇場版〜』

映画『映像詩 里山』は、NHKスペシャルで放映された《里山》シリーズの第三弾《里山 いのち萌ゆる森》に新たなシーンを加えた劇場公開バージョンです。地元の写真家・今森光彦の里山を撮った一連の仕事がベースになっていて、彼は番組にもスタッフとして参画し、この映画の中にも登場します。

里山はいうまでもなく原生林とは異なります。それは完全な天然でも自然でもない。人間が適度の関わりをもつために立ち入り、働きかけ、手を加える空間。逆にいえば、そこでは人間の存在もまた一つの自然として点景化し、そこに君臨する者としてでなく他の動植物たちと相補的にあいまみえるのです。

滋賀県北部、クヌギやコナラなどが生い茂る広大な里山を舞台に繰り広げられる生き物たちと人間との交流。それは観る者にある種の懐かしさを感じさせるノスタルジックな営みでもあるし、生きとし生ける者たちの生命力を感じさせるドラマティックな世界でもあります。春夏秋冬と季節ごとに表情を変えていく里山は様々な生き物たちのダイナミズムを体現していますが、同時に円環的な生態系の調和をも醸し出します。
里山の人々が株を残してクヌギの木を切り倒していく様子は一見殺伐とした印象を私たちに与えます。けれどもそれはクヌギの再生を促すための行為でもあるといいます。ドングリから発芽させるよりも、はるかに有効な樹木再生の術なのです。

映画は、そのような日本の原風景ともいえる里山の豊穰にして多様なありかたを美事に捉えています。
クヌギの老木を擬人化した〈ヤマオヤジ〉の語りを軸にして、切り出したクヌギのホダ木に椎茸を栽培する老夫婦の営みにカメラが向けられ、クヌギの樹に集まるミツバチやカブトムシ、里山の池に棲むヒキガエル、さらには農家の裏山に立つ柿の木に集うキツネやタヌキなどが活き活きと素描されます。また里山に古くから伝わるお盆の風習(川べりに石を並べ御供をする)なども紹介され、民俗誌的な興趣にも事欠きません。

里山でひっそりと展開される数々の生命のドラマが、時にはスローモーションで、時には早送りで表現されます。それはNHKの高度な撮影技術とスタッフの粘り強い姿勢によって生み出されたものといえましょう。

椎茸の菌を植えたホダ木に滴り落ちる水滴の、文字どおり染み入るような清澄感。
黄昏時、クヌギの幹の上下で角を突き合わせる二匹のカブトムシを捉えた場面のシンプルなコントラスト。それはインドネシアの影絵芝居ワヤン・クリを思わせます。
そして老木の切り株から、新たな「ひこばえ」が芽生えてくる瞬間から伸長していく様を捉えた画面の素晴らしさ。

ただしこの映画の音のあり方には今一つ共感できません。
スミレの種が弾け飛ぶ。トチの実が熟れて地面に落ちる。スズメバチがミツバチの群れを襲う。……そのようなシーンに効果音らしきものが使われているのですが、やはりこの種の作品では現場で採録した音だけで通して欲しかった。里山に生きる者たちが昼夜織り成す音は、たとえそれが微細なものであっても、それだけで生命のエロティシズムを発しているのではないでしょうか。私としてはそれに耳を傾けたい。その意味では、終始鳴り響いている加古隆の大仰な音楽も私には耳障りに感じられました。ナレーションもいささか説明過剰で、画面を観ていればわかるような言わずもがなの語りが画面への集中力をかえってそいでしまいます。

もともとテレビ番組として作られたものですから、まぁ、それくらいの演出過多は我慢すべきなのかもしれませんが、劇場版として再編集する際にそれ相応の仕様にブラッシュアップしても良かったのではないかと思います。

*『映像詩 里山』
監督:菊池哲理
映画公開:2009年8月
DVD販売元:NHKエンタープライズ

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