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花の都で織り成される人間模様〜『Paris パリ』

パリの街並みが移動撮影で捉えられ、建物が滲むようにディゾルブする。次いで俯瞰ショットに切り替わって、これからお見せするのはこの街の物語なんだと口上を述べるかのように、この映画は始まります。フランス本国ではその「愛国的」な描きぶりが人気を得てヒットしたらしい。

主人公のピエール(ロマン・デュリス)は、ムーラン・ルージュのダンサーとして活躍していましたが、重い心臓病のため成功率40%の移植手術を受けるしか生き延びる可能性はないと医師から宣告されます。手術の日まで静かに暮らすことを決意してアパルトマンのベランダからパリの街並みを眺め、人々の暮らしぶりを想像することで彼は何とか自分の気持ちを支えています。そんな弟を思いやって子供三人を抱えるシングルマザーの姉エリーズ(ジュリエット・ビノシュ)が彼のアパルトマンに越してくる、というのがこの映画の基本的な設定です。

けれども最初に示唆したように、ピエールの生死をめぐる人間ドラマが深刻に描出されるわけでは毛頭なく、ピエールの視線の向こうにあるパリの街並み、そこで織り成される人々の姿がテンポ良くスケッチされていくのです。

ピエールのアパルトマンの向かいに住むソルボンヌの美しい女学生レティシア(メラニー・ロラン)。彼女を講義の最中に見出して一目惚れしてしまい、年甲斐もなく彼女につきまとう歴史学のロラン・ヴェルヌイユ教授(ファブリス・ルキーニ)。ロランの弟フィリップ(フランソワ・クリュゼ)はパリの再開発計画に関わる建築家として何不自由ない生活をしていたが、兄から「お前はあまりにも普通すぎる」と言われ、悩み始めます。
エリーズの通うマルシェで野菜を売るジャン(アルベール・デュポンテル)はエリーズに好意を寄せています。社会福祉士として福祉関係の窓口で仕事をしているエリーズは、ある日、カメルーンからやってきた移民の夫婦の相手をします。その兄からの絵はがきを頼りに、弟ブノワはフランスに不法入国をしようとしてカメルーンを離れます。ブノワはカメルーンにバカンスで来ていたファッションモデルのマルジョレーヌに会うのを楽しみにしているのでした。そのマルジョレーヌはといえば、モデル仲間たちとともに毎日をお気楽にエンジョイしていて、マルシェの男たちとも遊んだりしている。ブノワからの電話にも素っ気無い返事をかえします。
ピエールが通うベルヴィルのパン屋の女主人(カリン・ヴィアール)は、毎日のように店員の仕事ぶりに文句を言っています。しかし新しく従業員になった経営学専攻の女学生はなかなか要領も良く、友人の付き添いで行った病院でピエールとばったり遭遇し、次第に彼と心を通わせるようになる……。

ジャンの元の妻があっけなく交通事故で死んだかと思うと、フィリップに新しい子供が誕生する。パリという街がまるで一つの生命体のように、新陳代謝を繰り返し、人々が血液のように街中を駆け回っています。
一見バラバラな登場人物たちが街角ですれ違い、時には言葉を交わし、唇を重ね合わせる。パリの人々は、誰も彼もちょっぴり淋しそうで哀しげで、でも恋心を忘れていません。

病院から呼び出しを受け、姉に見送られて一人で移植手術に向かうピエール。出かけていくその瞬間にも再開発エリアから工事の音がかすかに聞こえてきます。ピエールは、タクシーの窓から笑顔でパリの風景を眺めます。彼の視線の先にはカメルーンから無事パリに到達したブノワの姿が……。

彼が車窓から見上げる澄みきったパリの青い空は、すべてを覚悟した人間の静粛なる気持ちを表わしているのでしょうか。それとも手術に一縷の望みを託して生き延びようとしている若者の希望を表象しているのでしょうか。あるいはパリという街の生命力そのものを映し出しているのでしょうか……。

*『Paris パリ』
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ロマン・デュリス
映画公開:2008年2月(日本公開:2008年12月)
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