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30年後の世界への想像力〜『半減期を祝って』

◆津島佑子著『半減期を祝って』
出版社:講談社
発売時期:2016年5月

表題作の《半減期を祝って》は「群像」2016年3月号の「30年後の世界 作家の想像力」と題する特集に掲載された作品。津島佑子の訃報が伝えられたのは、その直後でした。単行本の帯には「絶筆」の文字が記されてあります。

セシウム137の半減期は30年。その半減期を迎えたニッポンでは、思いがけないお祭り騒ぎが自然発生的にはじめられる。しかしその近未来の社会では苛烈なトウホク人差別政策が行なわれていた……。AKBやらナチスドイツ時代やらのパロディ風仕立てで、現代政治への諷刺精神や文学的な想像力を感じさせる短編ではあるものの、やや生煮えの感は拭えません。さらに作品を練り上げるだけの余力は残されていなかったのかと問うのは皮肉にすぎるでしょうか。

他に短編が2篇併録されています。私にはこちらの方がおもしろく感じられました。いずれも離婚して一人で生きている(生きた)女性が登場します。

《ニューヨーク、ニューヨーク》は、別れた妻が死んだ後、一人残った中学生の息子とファミリーレストランで対面する男の心の揺れを描写して、曰く言いがたい余韻を残します。

《オートバイ、あるいは夢の手触り》は少し凝った構成で読ませます。フランスの植民地で初めてオートバイに乗った一人の女性。そのエピソードを留学生から聞いた大学教員の景子は、かつて自分が経験した不倫の恋を思い出します。自分が付き合っていた男もオートバイに乗っていて、乗せてもらうこともあったからです。オートバイを乗り回して保守的な白人社会を颯爽と駆け抜けた女性の姿を前半で描きながら、後半、一転して個人的な挿話に収斂していく。……オートバイを媒介に二つの異なる時空間が併存する、不思議な魅力を感じさせる作品です。 

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