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様々なものが〜『ゆれる』

映画『ゆれる』は、兄(香川照之)と弟(オダギリジョー)の葛藤を描いて、なかなかに味わい深い作品です。地方で家業のガソリンスタンドを継いで真面目に働く兄・稔。東京でカメラマンとして成功を修めた弟・猛。母の一周忌で帰郷した弟は兄に誘われて、幼なじみの智枝子(真木よう子)と渓谷に遊びに行きます。

稔は智枝子に思いを寄せているが、智枝子は猛に心を移そうとしている。
そして、稔と吊り橋を渡っていた智枝子が転落死する。
単なる事故か、稔が突き落としたのか──。
稔は殺人罪で起訴され、裁判が始まります。
その過程で、兄弟の心の襞が微妙にこすれ合い、ねじれていく……。

名は体を表わす。この作品では、兄弟の絆だけでなく、様々なものやことがらが「ゆれる」。
……渓流の上に架かった古い吊り橋。洗面所に張られた水の面。ペットボトルに入ったミネラルウォーター。一周忌法要が終わったあと、父子の諍いが始まった追悼膳の席上の空気。兄の思い。智枝子の女心。風にそよぐ木々の葉。弟の気持ち。物干し竿に吊るされたシャツ。法廷での稔の証言。裁判の流れ。暗室のバットに張られた現像液。空き地におかれたブランコ。子供の頃、渓流に遊びに行ったときに撮った8ミリフィルムの古い映像。それを見る猛の心情。猛の決定的な証言を聞いた法廷。「真実」と「虚偽」の狭間で苦悶する人々の存在……。

……人物の心奥も、風景も、「ゆれ」ている。「ゆれる」世界が、ここにはあります。
人間とは、人と人との間に在るもの。「関係」によって、人間は意味づけられます。「関係」は「実体」ではないから、おのずと「ゆれ」ざるをえない。兄と弟の関係。男と女の関係。親と子の関係。被告人と証人の関係。様々な人間の関係。

かくして、映画『ゆれる』は、物語上の真実も決定的に明かされぬまま、「ゆれ」つづけることになります。その先に何があるのか、私たちは、ここから何を得て、何を感じ取れば良いのでしょうか。兄と弟の確執と再生への希望の物語を通じて、人間という存在の不確かさと可能性を描いているのでしょうか。その答えもまた「ゆれる」ほかありません。

*『ゆれる』
監督:西川美和
出演:オダギリジョー、香川照之
映画公開:2006年7月
DVD販売元:バンダイビジュアル

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