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真空管アンプはビル街に似ている〜『エレクトリック』

◆千葉雅也著『エレクトリック』
出版社:新潮社
発売時期:2023年5月

哲学書『動きすぎてはいけない』でデビューした千葉雅也の小説としては『デッドライン』『オーバーヒート』に続く三作目にあたります。

舞台は1995年の宇都宮市。年明けに阪神・淡路大震災があり、春先にはカルト組織が地下鉄で毒ガスをまくという前代未聞のテロ事件が発生します。そしてウインドウズ95が発売されたのもこの年です。

作者の分身と思しき主人公の達也は進学校に通う高校生。フリーのカメラマンから広告代理店へと仕事を拡大してきた父親は、達也にとって「英雄」。地元のスーパーマーケット山月屋の折り込みチラシを作るのがメインの収入源ですが、山月屋がネット接続のプロバイダー事業を始めたので、父の会社でも契約することに。

そのおかげで達也のマックもネットにつながります。ほどなくして達也はゲイサイトに入り込む。同性愛を自覚していた達也の生活はそれをきっかけに急変します。

父の最大の趣味はオーディオ。ある時、父親はの山月屋の社長に真空管のビンテージアンプを安価で提供すると約束します。父親は入手したアンプの「電気信号を増幅する」修理を友人の野村に依頼するのですが、野村は姿を消してしまいます。当然ながら修理は終わりません。引き渡しの予定日、とりあえず父親は達也とともに社長のもとへと出かけていきます……。

宇都宮が雷都と呼ばれていることを不勉強にして初めて知りました。雷鳴。電脳=インターネット。オーディオ。真空管アンプが都市のビル街に喩えられているのはいかにも象徴的です。

 ……電球のような真空管は上部にかすかなオレンジの光が灯り、その周りに箱形や筒状のパーツが肩を寄せ合って、小さな都市を成している。真空管アンプは、ビル街に似ている。(p33)

1995年という時代の変わり目にあって、本作が描き出す「エレクトリック」なできごとやものごとは、世界のあり方そのものに通じているようにも感じられます。

一種の青春小説には違いないでしょうが、主人公の高校生だけでなく、父もまた新しい時代の波に乗ろうとするところに単なる青春の冒険譚にはおさまりきらない味わいがあります。

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