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テロを生み出したのは構造的なテロ〜『なぜガザは戦場になるのか』

◆高橋和夫著『なぜガザは戦場になるのか イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側』
出版社:ワニブックス
発売時期:2024年2月

2022年10月7日、ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスの攻撃により、千人を超えるイスラエル人が死亡しました。それを契機にイスラエル軍によるガザ攻撃が始まります。今なお続くイスラエル軍の攻撃は執拗で、国際的に非難が高まっているのは周知の事実です。

なぜガザは戦場になるのか。中東研究者の第一人者・高橋和夫がその歴史的背景を解説します。まえがきに結論めいた文章が記されています。

 問題は二〇二三年一〇月のはハマスの奇襲によって発生したのではない。イスラエルとエジプトによるガザの封鎖とヨルダン川西岸地区の長年の占領こそが、その背景にある。占領の問題を集約しているのが、ユダヤ人入植地の拡大だ。
 テロを生み出したのは、封鎖と占領という構造的なテロであり、抑圧であり、暴力である。(p4〜5)

本文でそのことが具体的に詳述されていきますが、高橋の筆致は終始明快。
高橋はかねてから「日本での中東理解は宗教過多に陥りがち」であることに注意を喚起してきました。たいていのことは政治や経済的な観点の方が重要なことが多く、宗教抜きでも理解できるという認識は『中東から世界が崩れる』のなかでも強調していた点です。本書でもそのスタンスが維持されていることはいうまでもありません。パレスチナ問題は宗教が原因で起きたものではないが、紛争が長く続いたことで宗教的な人々を巻き込んでしまったという指摘は重要でしょう。

ヨーロッパのユダヤ人たちがパレスチナに移住を始めたのは19世紀末。自分たちの国を創るためでした。パレスチナの地にユダヤ人の国家を建設する。その運動をシオニズムと呼びます。当時の世界的潮流を振り返りながら、シオニズムが19世紀の三つの風、すなわち民族主義、帝国主義、社会主義を追い風にしたという分析は興味深い。
けれどもロシアや東ヨーロッパで迫害されたユダヤ人の多くはアメリカに移住しました。シオニズムは結局アメリカン・ドリームに完敗したのです。

パレスチナに建国されたイスラエルは紛争の種になり、中東では幾度も戦争が繰り広げられました。イスラエルは戦争には強かったが、領土や植民地を増やしていくことで周囲との対立も激化していきます。その間、アメリカは一貫してイスラエルを支持してきました。アメリカに移住したユダヤ系の人々は政治の世界で大変な成功を収め、彼の国での影響力を拡大してきたからです。

本書は、アメリカという視点からの中東論であり、中東という観点からのアメリカ論であるといえます。中東とアメリカの歴史を振り返ったあとに「パレスチナに平和をもたらすために必要なのは、イスラエルの譲歩である」と結論する理路は明快そのもの。
「この紛争で土地を奪われ人間としての尊厳を無視され続けてきたパレスチナ人の側には、もはや譲るべきものは何も残されていない」。

橋下徹は「戦争指導こそが政治家にとって最も重要な能力。合理性のない威勢だけの政治は国を滅亡に導く」と述べています。なるほどイスラエルという国家をみると、そのような考えの国民が多いように見受けられます。イツハク・ラビン、アリエル・シャロン、ナフタリ・ベネット、ベンヤミン・ネタニヤフ……。歴代首相に多くの元軍人が名を連ねるイスラエルの歴史と現状をみると「戦争指導こそが政治家にとって最も重要な能力」などという考え方がいかに危ういかよくわかります。

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