マガジンのカバー画像

本読みの記録(2017)

73
ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2017年刊行の書籍。
運営しているクリエイター

2017年12月の記事一覧

能は「こころ」ではなく「思ひ」を大切にする〜『変調「日本の古典」講義』

◆内田樹、安田登著『変調「日本の古典」講義』 出版社:祥伝社 発売時期:2017年12月 武道家にして思想家の内田樹と下掛宝生流ワキ型能楽師の安田登による対談集。能楽を中心に『論語』や日本文化の特質などが語られていますが、論題はあちらこちらへと飛翔していきます。 内田は例によってみずからの発言を「デタラメ仮説」「暴走的思弁」などとことわって、批判に対する予防線をあらかじめはりめぐらせています。生真面目に褒めたり貶したりするような本ではないということでしょう。 結論的にい

疑問から始まるアートへの好奇心〜『美術ってなあに?』

◆スージー・ホッジ著『美術ってなあに? “なぜ?”から広がるアートの世界』(小林美幸訳) 出版社:河出書房新社 発売時期:2017年9月 目も鼻もない棒みたいな人の絵が、なんでアートなの? アートってどうしてはだかの人だらけなの? 素朴な疑問を章題に掲げてそれに答える形で、美術の楽しさ面白さを伝える──作り手たちの美術への愛情が伝わってくるような楽しいアート入門書です。原書はイギリスで刊行され、すでに世界15カ国語に翻訳されたとか。 ちなみに「アートってどうしてはだかの

私たちは多重性のなかを生きてきた〜『日本問答』

◆田中優子、松岡正剛著『日本問答』 出版社:岩波書店 発売時期:2017年11月 法政大学の総長で歴史学者の田中優子と編集工学を提唱する著述家の松岡正剛。二人の碩学が日本の歴史をめぐって問答を交わしました。最近、単行本のみならず新書でも増えてきた対論集のなかでは出色の面白さです。 両者に共通しているのは、日本の特徴を「デュアル」な構造に見出していること。〈天皇/将軍〉〈公家/武家〉〈内/外〉〈ワキ/シテ〉〈神/仏〉〈隠す/顕わす〉……などなど様々な局面におけるデュアルなも

♫勝ちぬく我等少国民!?〜『戦時下の絵本と教育勅語』

◆山中恒著『戦時下の絵本と教育勅語』 出版社:子どもの未来社 発売時期:2017年11月 戦前、国民に直接的な影響を及ぼしたのは憲法よりもむしろ教育勅語だったことは多くの人が指摘しているところです。本書はそうしたことを明言しているわけではありませんが、著者の山中恒自身の教育勅語体験をまじえながら、戦時下の絵本を検証し、子供向けの出版物をとおして軍国主義化のプロセスの一端をあとづけるものです。 山中は1931年の生まれ。国民学校における修身の授業で教育勅語の精神を叩き込まれ

芸術は非難の声とともに新たな時代を切り開く〜『近代絵画史 増補版』上下巻

◆高階秀爾著『近代絵画史(上)ロマン主義、印象派、ゴッホ 増補版』『近代絵画史(下)世紀末絵画、ピカソ、シュルレアリスム 増補版』 出版社:中央公論新社 発売時期:2017年9月(増補版) 高階秀爾といえば西洋美術の通史を学ぼうと思った人なら必ず見聞する名前でしょう。上下巻から成る本書は、ロマン派から第二次世界大戦までにいたる「近代絵画」の歴史を主要な画家や芸術運動の事跡をたどりながら記述したものです。初版は1975年に刊行されましたが、新たな研究で明らかになった史実や作品