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本読みの記録(2017)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2017年刊行の書籍。
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2017年3月の記事一覧

社会学から文学へ、透明な膜の向こうに広がる世界〜『ビニール傘』

◆岸政彦著『ビニール傘』 出版社:新潮社 発売時期:2017年1月 まるでゴダールの映画のように、自分と関わりをもった人々にまつわる短い挿話を脈絡もなく連ねた『断片的なものの社会学』は不思議な魅力を放つ本でした。今どきの社会学者はこんな本も書いちゃうんだと肯定的な驚きをもって読み終えた人は多かったでしょう。そこからは安易に分析や解釈を許さない現実社会の豊かさや複雑さのようなものが鈍く光って垣間見えるようでした。 本書は、その社会学者・岸政彦による初の小説集。芥川賞の候補に

学問がとりこぼしたことへの自覚〜『時局発言!』

◆上野千鶴子著『時局発言! 読書の現場から』 出版社:WAVE出版 発売時期:2017年2月 上野千鶴子の書評に導かれるようにして、私が手にした本は少なくありません。本書は上野が毎日新聞や熊本日日新聞などの読書欄に発表したコラムを書籍化したものです。通常の書評とは違って「同じ主題のもとに複数の本をまとめて論じるというスタイル」を採っているのが特徴。主題によっては上野自身が学者という立場を超えてアクターとして運動に関与している場合もありますので、アクチュアルな「時局発言」的な

出会う人よりも出会わない人の方が多い人生における想像力〜『「今、ここ」から考える社会学』

◆好井裕明著『「今、ここ」から考える社会学』 出版社:筑摩書房 発売時期:2017年1月 『排除と差別の社会学』『戦争社会学』などの著作で知られる好井裕明による社会学の入門書。ちくまプリマー新書の一冊ということで、はっきり若い読者を想定した書きぶりです。 導入部で6人の著名な社会学者を紹介して、本書の基礎となる社会学の方法や問題意識を提示しています。行為の社会性に注目したマックス・ウェーバー。相互行為に焦点をあて闘争の社会学を論じたゲオルグ・ジンメル。「構造」という視点か