マガジンのカバー画像

本読みの記録(2018)

71
ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2018年刊行の書籍。
運営しているクリエイター

2018年11月の記事一覧

物事がひとりでに片づくことはない〜『終わりと始まり2.0』

◆池澤夏樹著『終わりと始まり2.0』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2018年4月 文学者にもし社会的役割があるとすれば、そのひとつは一昔前なら一般庶民の良識や常識を疑ってみたり、斜め上から世間を観察したり、というようなことがあったように思います。作家のエッセイには《無作法のすすめ》のようにしばしば挑発的な書名が付けられ、凶悪事件の犯人にエールをおくる言説が平然と雑誌に掲載されるようなこともありました。文学者のそのような言動を手放しに肯定するつもりはないけれど、それを読ん

ディストピアの中から浮かび上がる文学の魔力〜『小説禁止令に賛同する』

◆いとうせいこう著『小説禁止令に賛同する』 出版社:集英社 発売時期:2018年2月 時は2036年。日本は東端列島と呼ばれ、亜細亜連合の一部になっています。語り手の〈わたし〉は元小説家で思想犯として獄に繋がれている身。一昔前のように言論の自由が失われた社会になったのです。戦争の後、亜細亜連合の支配下に入った後も収監されたまま。 〈わたし〉は亜細亜連合が出した小説禁止令にいちはやく賛同の意思を表明し、紙と万年筆を与えられ、文章を書くことを許されます。それは「やすらか」なる

不安な大衆が安住の世界観を求める危うさ〜『悪と全体主義』

◆仲正昌樹著『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』 出版社:NHK出版 発売時期:2018年4月 どうも世の中全体がきな臭くなってきました。排外主義や強権的政治手法が世界のあちらこちらで見られるようになり波紋を呼んでいます。そのような世界的な思潮にいかに向き合うべきなのか。 仲正昌樹は一つのヒントとしてハンナ・アーレントを提示します。ナチスによるユダヤ人大量虐殺の問題に取り組み、全体主義の構造を歴史的に解き明かそうとした稀代の哲学者。本書では彼女の著作のなかから主に

無神論の立場から個の自律を説く〜『初期仏教』

◆馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』 出版社:岩波書店 発売時期:2018年8月 仏教がインドに誕生したのは、紀元前5世紀頃のこと。 その後、400〜500年の間に南アジア各地に伝播して、この地域を代表する宗教に成長していきました。発祥の地であるガンジス川流域から大きく飛躍した仏教には紀元前後に重大な変容が起こりました。それは南アジアと西方との関係が影響しています。本書ではこの変容以前の仏教を「初期仏教」と定義します。 初期仏教は、近代西欧で作られた「宗教」概念

高校倫理を侮るなかれ!?〜『試験に出る哲学』

◆斎藤哲也著『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』 出版社:NHK出版 発売時期:2018年9月 「倫理」のセンター試験に出された問題を引用して、それをもとに西洋哲学の歩みを復習する。本書のコンセプトは明快です。著者によれば、高校で学ぶ倫理という科目では「西洋哲学の部分を取り出すと、入門的な内容がじつにバランスよく配置されて」いるといいます。この種の企画では、とかく問題の内容を批判したり皮肉ったりするようなことが多くなりがちですが、本書ではそのような態度は

学際化が進む “社会科学の女王”〜『現代経済学』

◆瀧澤弘和著『現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論』 出版社:中央公論新社 発売時期:2018年8月 20世紀半ば以降、急速に多様化がすすんだ経済学はそれゆに複雑さを増してきたともいえます。基礎知識のない者がいきなり現代の経済学の専門書を読んでもチンプンカンプンでしょう。 本書は現在の経済学の多様なあり方を初学者向けにわかりやすく解説するものです。ミクロ・マクロ経済学はいうに及ばず、ゲーム理論、行動経済学や実験経済学、制度論、経済史などなど、経済学の最前線をコンパク