見出し画像

【ショート ショート】 謎の女 ダニエラ

僕は小説家だ。
といっても賞をとったのは、かれこれもう10年も前の話で、それからは鳴かず飛ばずの単なる物書きだ。
雑誌のコラムやエッセイなどの微々たる収入で、
日々なんとか生活をしている。

この6畳一間のボロアパートに、同居しているのは、ライオンのような風貌の猫のライアンと、いつの間にか住み着いていた無国籍風の謎の女だ。

…… 誰だろう、全く記憶にない。

「あれは、一体誰だ?」
僕はこっそりとライアンに聞いてみた。
「知らないニャー 、オレは嫌いだニャー 」
ライアンはあくびをしながら、キャットハウスに
戻って行った。
……オイ、行くなよ。

「ここは本当に、住み心地が良いわね」
謎の女は、やけにくつろぎながら僕を見てニッコリ微笑んだ。

えっ?このボロアパートが?
掃除もろくにしていないから汚部屋だしおまけに
少々凶暴な猫までいますけど…。
っていうか、アンタダレ?

「あっ、あの…すみませんが、どちら様で…?」
女は、目をパチパチさせて
「ずっと前から住んでいるのに、忘れちゃった?
私はダニエラ。前は兄のダニエルも一緒だったけれど、殺されたの」

思いもよらない女のハードな告白に、思考がついていかない。
もしかしたら、前にこの部屋に住んでいたのか。
それで懐かしくなって来たのかな。
だけど、お兄さんが殺されたって…
まさかここ、事故物件か?

「あの、もしかしてお兄さんはここで…?」
「そうよ、殺されたわ。あなたにね!!」
ダニエラの形相がみるみるうちに、妖怪そのものになった。
「あなたに復讐する為に、この時を待っていたの。
覚悟しなさい」
ダニエラは刃物のように先の尖った長い爪で、僕を威嚇した。殺すつもりだ。

いや、待て待て。
僕はずっと引きこもっているのに、人殺しなんか
絶対出来ないだろ。

「ちょっと待って。お兄さんは、どうやって殺されたのか聞いてもいいかな」
「忘れたとは言わせない。アレよ、アレで兄さんを殺したでしょ」
ダニエラは、掃除機を指差した。

僕は一瞬で理解した。
何だ、そういうことか。
ダニエラの正体は …たぶん… ダニだ。
もちろん兄のダニエルも。
何週間か前に、カップ麺のダシをぶち撒けてしまった時に、掃除機でダニエルを一緒に吸い込んでしまったのだろう。
だって掃除機が出動したのは、その時しかないから。

僕は間違っちゃいない。
ダニは害虫だろ、退治して何が悪い。
けれど擬人化して出てこられたら、少しばかり
罪悪感に苛まれる。

「思い出した?さあ、覚悟して!」
まさにダニエラが襲いかかってくる寸前だった。
ライアンの猫パンチがダニエラの顔に炸裂した。
「ギャー!」
ダニエラが一瞬怯んだ隙に、僕は掃除機のスイッチを入れた。

掃除機の音に、ダニエラの顔は恐怖に慄いた形相に変わり、何故かどんどん小さくなっていった。
そして、豆粒ぐらいの大きさになった瞬間に、ブーンと掃除機に吸い込まれていった。

ダニー兄妹よ、さよなら。
この部屋で僕たちは、同居していたんだね。
でもやっぱり一緒には住めないや。
だって君たち刺すだろ、一方的に。
僕も悪かったよ、汚部屋にしてたんだから。
これからは、君たちが住みにくい部屋にするよ。

その後に、3日間かけて部屋の大掃除をしたのは言うまでもないだろう。
また、風呂嫌いのライアンもとばっちりを受けた。
ごしごしシャンプーをされながら
「ダニは嫌いだニャ〜 風呂はもっと嫌いだニャ〜よ」
と不満を並べていたが、もちろん僕は聞こえないフリをした。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?