私がHoYoLABに執着する理由
そうですねー、どこから話したもんでしょう。
私の小学校低学年の時の夢は「博士」「水泳選手」でした。
これは博士号を取って大学で研究がしたいとか、オリンピックに出場したいとか、そういう具体的な目標ではありませんでした。
「頭が良い人」の象徴としての「博士」、「水泳が上手な人」の極致としての「水泳選手」です。
幼稚園の頃から既に「自分は頭がいい」と思ってる節がありましたし、同じく幼稚園からずっと水泳やってたのでやはり得意だという自負がありました。
小中学校の水泳の授業では一番速いコースで泳いでたし、中学校では定期テストの順位がかなり良かったし、それが私の自慢だったというか、自信に繋がっているところがありました。
さて、ありがちな展開ですが、高校に入ると一転クラス最底辺の成績をキープするようになります。
部活で水泳やって、自分より遙かに速い人を山ほど見かけることになります。
水泳はまだ良かったんですが、勉強の方はそれはそれは嫌いになりましたね。元々勉強が好きだったわけではなく、国数理社英の科目それぞれが好きだったくらいですが。
ちなみにそのおかげで進路が決まりました。できない科目から順に嫌いになっていったので……。
この頃、「勉強」「水泳」に代わって私の自信になっていったのが「小説」です。
ネット小説を読みあさって、自分でも登下校中にスマホでたぷたぷ書いてました。
書けば書くほど上手になっていくのが分かりました。
「博士」「水泳選手」からも分かると思いますが、好きなことと得意なことと職業にしたいことが大体イコールになってる人間なので、この頃は兼業ラノベ作家を夢見てました。
昔からファンタジーが好きだったし、小説も好きだったし、書いてみたらすらすら書けたし、これが自分の天職なんだとまで思っていました。
こちらは進学してからへし折れることになります。
量を書けないんですよ。
どこぞの大御所作家は商業小説の気分転換に趣味の小説を書くとか、そういう伝説が山ほど転がってる世の中です。そうでなくなって、ネットからの書籍化が当たり前になったこの時代、「作家になりたいならこれくらいはできる必要がある」みたいな話は沢山目にします。
段々興味が小説以外のことに移って、気づいたら小説の設定を考えているみたいなことも減って、実際に小説を書いている時間も減ってきて、「高校生の時は小説を書いてた」っていうありがちな黒歴史を作って終わるんだろうなと思いました。
一度は原神二次創作に出会って再びやる気が出ますが、それも半年で消えました。
原神のプレイ時間が減ったからか、それとも雑談以上にアクセスが少なかったからか、理由は定かではありません。
この時点の私はどんな人間かというと、「自分は頭が良い」というプライドだけはある癖にテストで赤点と落単を繰り返し、基本的にスポーツができるわけでもなく、小説書いてるとは言うけど世間的な価値観で上手いわけでもなく、人並みにバイトやサークルや勉強を頑張っているわけでもなく、日々SNSを覗いてるだけの人間です。
自分の「取り柄」に飢えていました。
もうこの際世間的に自慢できることでなくても、職業とかに繋がらなくても、せめて自分だけは「私すごい!私頑張ってる!」と思えるものが欲しかったです。
いろいろあって水泳を辞めたのも影響してた気がします。
だからHoYoLABを始めたってわけではないですが、「得意」「取り柄」「長所」「生きがい」「アイデンティティ」みたいなものを欲していたのは事実です。
「あ、これ、私に向いてる」と思ったのはいつだったでしょうか。
1月、攻略記事が1万アクセスを達成した時か。
4月、同人誌クリエイターに認定された時か。
それとも、当時のフレンド達とただ喋ってた時か。
小説のおかげで文章を書くことに抵抗はなかったのもあって、自分の得意なものと出会えたんだと強く感じました。
勉強、水泳、小説、と来てそこに続いたのがHoYoLABでした。
一時期私が「HoYoLABはSNSだけど、やってることはどちらかっていうとブログに近いかな!」とやたら言っていたのもこれが理由です。今一番頑張ってることがSNSってのはヤバい奴ですが、まだブログなら分かるじゃないですか。……分かってください。
勉強の先にあるものは「博士」で。
水泳の先にあるものは「水泳選手」で。
小説の先にあるものは兼業ラノベ作家で。
HoYoLABの先にあるものは分かっていませんでしたが、ただ「上に行く」「有名になる」とだけ漠然と考えていました。
したがって、上に行くことも有名になることもできないと分かった今、私の4つ目の「得意」「自信」みたいなものが消えました。
苦しいです。