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『跡を消す』レビュー

 「近いうち書きます」と書いておきながら2週間も経ちました。
 気持ちを気分を上げて? 入れ替えて? 感想文を書きます。

 わたしは以前から納棺とか特殊清掃の仕事をしている方のノンフィクションを読むのが好きでした。青木新門さん『納棺夫日記』、吉田太一さんの『遺品整理屋は見た!』、漫画ですが沖田×華さんの『不浄を拭うひと』、おがたちえさんの『葬儀屋と納棺師と遺品整理人が語る不謹慎な話』などをシリーズも買い続けています。それと最近NHK Eテレで放送された『“孤独死”を越えて』もありました。特殊清掃、遺品整理に入った部屋のフィギアを製作している小島美羽さんにスポットを当てた放送です。
 わたしだけではなく多くの人が本を読み、テレビ放送を見ているほど注視してしまう事柄だと思います。その興味は「大往生の死」なのか「孤独死」なのか、「死後の始末」なのか、死後に起きる周りの人への迷惑なのか、生前の生活(プライバシー)の暴露への恐怖なのか、暴かれる恥ずかしさなのか、無念なのか、後悔なのか、死んだあとの生前の自分への評価の恐怖なのか。ただただ身につまされるいろいろな事柄が本にも、漫画にも、テレビ放送にもあります。
 ノンフィクションで表情される世界をフィクションとして小説に表現されたものはどうだろうと興味がわいて読んでみました。

 前川ほまれさんの『跡の消す』ポプラ文庫です。
 主人公は最近祖母を亡くした浅井航、歳は大学四年生。その彼が酒に酔いたくて入った居酒屋「花瓶」で出会ったのが特殊清掃専門の会社をしている笹川啓介です。この二人の出会いから物語が始まります。この男二人に、伴走する三人の女性、「花瓶」の女将で啓介の別れた元妻の悦子さん、笹川の会社の事務兼電話番兼お菓子担当の望月さん、廃棄物収集運搬業者の楓さんが主要人物です。あとは各章で笹川、航に特殊清掃を依頼しする人たち。
 第一章から第五章まであります。孤独死あり、首吊りあり、交通事故死ありと依頼される部屋はさまざまです。どの部屋も故人の生前の生活、性格を現していて、なおかつ死後に漏れ出た故人の体液で部屋は汚れ(または汚染され)てます。
 メインは故人の部屋をきれいにし遺品を片付ける。清掃を依頼した依頼人が遺品をどう受け取るか、捨てるかです。航はなるべく故人が使っていた物を残し、依頼人たちに受け取って欲しいと考えます。そして大切にして欲しい思っています。
 なぜ航がそう考えるかと言えば、亡くなった祖母(ばあちゃん)のことが大好きだった航は、その想いほどには頻繁に祖母に会いに行っていなかったことを後悔しています。また祖母が亡くなったに両親を含め身内はさばさばとしてあっけなく、祖母に対して冷たい態度に見えたかです。航はいつまでも「ばあちゃん」を忘れないと誓い、祖母の思い出を大切に生きていこうと考えているからです。だから形見の品になる物は、故人を忘れないために大切であり、大切にすべきと考えています。
 しかし忘れて前を向いて歩き出したいと思う遺族たちと反発します。
 いつまでもめそめそとしてもいられないと考える遺族、依頼人たちは航や笹川に全部捨ててしまってください。写真もいりません。手紙もいりません。故人が使っていた物、服、何もかも処分してくださいと言います。第三章の依頼人は亡くなった弟の物、金目の物以外は全部処分してくれと言い、出てきた遺骨の一部すら自分の敷地の庭に投げて捨ててします。あとで拾って航は公園の木の根元に埋めてあげるのですが、航とは意見が合わず、航には理解できません。
 それが笹川と第二章の依頼人の故人の母親、第四章の依頼人の故人の婚約者の女性との出会い、遺品をめぐる会話から徐々に、けじめを付けて進む考えを受け入れていきます。
 第四章の後半から第五章にかけて笹川と悦子の元夫婦の間にあった三ヶ月の娘陽子について語られていきます。なぜ笹川が特殊清掃の仕事をするようになったのか、達観した考えを持っているのかが解き明かされていきます。
 年が明け新年に入ってきた特殊清掃の依頼は、小さな女の子を道連れにした心中の現場です。笹川は子供が亡くなった現場の清掃は初めてだと航に言い暗い顔になります。見積もりをしたあとには清掃の仕事を受けないと言います。胸がムカムカして出来ないと初めて心が辛いと弱音を吐きます。しかし航は悲惨な部屋と風呂場を見て、アパートの大家(依頼人)のお願いを胸に受け止め、子供と母親の為に綺麗にして上げようと笹川に言います。
 気持ちが笹川とすれ違った航は助けを求めるように悦子がいる「花瓶」に来ます。そこで初めて笹川の過去と悦子との間にあった娘陽子の事故について聞かされます。
 二人が新婚の頃、笹川啓介は救急救命士の職にありました。仕事は24時間勤務で朝もなく夜もない現場でした。悦子とはすれ違っていました。悦子は三ヶ月の子を抱え疲れていました。そして陽子の急変に気付かずボーッとしてしまいます。その晩は一緒に寝ていた啓介が直ぐに娘の急変に気付きました。そして名前を呼び心肺蘇生をし、救急車を呼びました。そして許されていない医療行為(点滴を打つ)をしてまで娘を助けようとしましたが、陽子は乳幼児突然死症候群でした。病院に到着するとすぐに亡くなってしまいます。啓介は我が子を助けられなかった悔いが残り、最後まで抱きしめていたかったという気持ちが残り、救急救命士の仕事が出来なくなりました。そして悦子との離婚後に始めた仕事が特殊清掃の仕事です。
 結論を書けば、航の啓介への体当たりの行動で、啓介の悲しい気持ちが上向きになります。普段厚いカーテンを締め切って閉じこもっていた部屋に太陽の陽が入り、陽子の位牌にも陽があたります。日の光の中に陽子の声を聞いたように感じ、啓介は閉じこもっていた部屋から出てきます。心中した親子の部屋を航と一緒に綺麗にします。そして、悦子とも陽子を亡くしたあと初めて心が重なり、互いの辛い思いを理解できるようになります。それまではお互いの傷に触れないように距離を置いて大人の付き合い方をしていましました。元夫婦として、お互いの傷にそっと触れて痛みを分かち合うことができました。

 この『跡を消す』の感想の最後に、第五章のタイトル「クラゲの骨」にもなったエピソードがイイと感じたので書きます。
 航と彼の母との電話での会話で
母「命あればクラゲも骨に会うってね」
航「なにそれ?」
母「知らないの? 昔のことわざよ。クラゲの身体ってほぼ水分でしょう。だからふんにゃふにゃ。でも、クラゲだって長生きすればいつか骨に出会って、骨のあるクラゲになるかもしれない。て(略)」
航「へえ。そんなことわざがあるんだ」
母「要は生きていればいいのよ。生きていれば、今はあんたみたいにどうしようもない人だって、いつかは大切な何かに出会えるかもしれない(っていうこと)」
 人は祖父・祖母、父・母という順番に亡くなってゆきます。そして見送ってゆきます。次は自分の番かもしれない。先に逝くのが兄弟かもしれません。伴侶かもしれません。親友かもしれません。自分の血を分けた子供かもしれません。
 自然通りにいかないかもしれないし、自然どおりかもしれません。
 でも、倒れて鬼籍に入るまで生きなければならない。自死する人がいるかもしれませんが、直前までは生きている。お笑い芸人の明石家さんまさんの座右の銘は「生きてるだけで丸儲け」として有名です。別府温泉の基礎を作った油屋熊八の言葉だそうですが。「骨のあるクラゲになる」までのんびり生きるか、「生きてるだけで丸儲け」と気楽に生きるか、わたしはそうやって生きてゆこうと思ってます。
 noteに文章を上げつつ、小説を発表する人生が良いです。
YouTubeで中田敦彦さんが言葉に出して宣言しろって言ってましたので、
ここに書きます。 (^_^)

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