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若さ=美貌、それが何よ、愉しみよ

最愛の相手が定まってない若い女が、本能的に広範囲の男に好まれるような容姿に最善を尽くすのは、決して悪しき慣習ではなかろう

但し、それで周囲から美女の肩書きを得られたとしても、破格に条件の良い男をモノにできるとは限らぬ

仮に、好条件の男とめでたく結婚できたとしても、その男が生涯安泰である保障などなくってよ

尤も、都合の好い未来を確信できるのが若さゆえの思い上がりであり、ちやほやされるのが未来永劫の特権だと勘違いできるのが美しさゆえの思い上がりであるのだから仕方なし

若く美しい女はかくも夢見がちなのだろう

しかし、容貌の美しさの殆どは若さによって支えられてるので、年齢を重ねる毎にいや増す焦燥感や喪失感は、想像を絶する恐慌状態かもしれず

最愛の相手に対しての猜疑心は払拭しようがなかろうて

もっと若く美しい女に心変わりされるのでは?
かつて相手が欲した自身が若く美しかったのだとしたら
それは自明の理であるからして・・・

☆・・・☆・・・☆

オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』では、主人公のドリアンが摩訶不思議にも若さ=美貌を保ちながら、ひたすら放埓に無為な日々を過ごして年月だけを経る

ドリアンのような奇蹟が起こらぬ限り
若さとは儚く、美しさも脆いモノ

換言すれば、人は老いるからこそ真摯に生きられるのだと自分はこの小説を高校生の時に読んで悟った

そうして若さ=美貌の危うさを激烈に直観したが、お蔭で10代から常に老いと死を意識しながら生きてこられた

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ドールならではの肢体でとりわけ長く細い手足が魅力的なBarbieも、顔の方は近年になってから美人になったのであって、ヴィンテージBarbieは場末のキャバレーでも有り得ぬ厚化粧で、リカちゃんとは比較にならぬブサイクさだった

厚化粧の初期のBarbie
美少女リカちゃん

実際、日本では美少女リカちゃんが売り出されたので、厚化粧のBarbieは販売不振から撤退を余儀なくされたのだが、そりゃあ世界に名だたる日本人の「カワイイ」の感性からしたらリカちゃんを選ぶよ

とか言いつつもBarbieを選んでしまった自分は、正しく西洋コンプレックスであり、1点豪華主義だったのだが、買ってくれた祖母が人形は遊ぶモノでなく飾るモノとして、みすぼらしいドレスのは購買意欲が湧かなかった模様

そもそも飾るためには、細長い箱はすぐ倒れるので、豪華なドレスがふっくらと広がってる横長の箱の方がまだしも飾り易いのもあり

そういうワケで基本的に箱出しNG派だし、近年になってコレクションしてるBarbieは、コスプレに意義があり、なおかつ顔が個性的な美形で、往時のBarbieに比べたらすっかり垢抜けた美人揃いだ

ところが今やIntegrity Toys社のFashion Royaltyのドールは
Barbieとは比較にならないレベルの美女ばかりで、特にコスプレ部分に拘りがなければそっちを買ってるだろう

なんせBarbieがそのプロフィール通りに高校生にしてモデルだとしたら、彼女たちはスーパーモデル(死語?)なのだからして・・・

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映画『Barbie』を観て驚愕したのは、「高校生にしてモデル」ではなかったコトで、ちょっと裏切られた気分になった

そしてBFのKenが、Barbieとフツーの高校生同士のステディ(死語?)ではなく、ただのKenでしかなかったのが愉快だった

圧倒的美女でコスプレイヤーのBarbieに比して、Kenはダサくて鬱陶しいだけってイメージそのままで、大嫌いな俳優がやってるからこそ好感が持てたくらいだ

そこで思い付いたのは、長髪のKenを買って女装させよう♪

Ken

でも映画の影響か、とてもお高くなってたので諦めて、激安になってたリカちゃんのBFのはるとくんを購入したが、BarbieにはずっとKenなのに、はるとくんはリカちゃんの6人目のBFらしい・・・

しかもはるとくん、安いから髪色違いで2体揃えた

2人のはるとくん

手足の細長さが素晴らしいし、全体的に華奢な作りなので、Barbieの衣装がピッタリサイズで、胸が無いのも美少女らしくて好ましいね

Kenだと衣装は市販のドレスは入らなさそう

2丁目のKen

でもこの吹っ切れたようなKenはいいな~

顔も凄い・・・

2丁目のKen

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自分は元より恋する相手に対して、一般論にあるような拘りは持ってなかったのだが、むしろ通常の男女のマニュアル通りの恋愛に対しては嫌気が差してた

快楽主義者であるがゆえに社会生活の安定だけが幸福の条件ではないからなぁ

もし今よりかなり美しく生まれついてたら、むしろその美貌にかけて、のたれ死んでしまう覚悟で大恋愛をして身を滅ぼすだろうね
きっと酷い男に弄ばれて痛い目に遭うだけの、何の実りもない人生になってた気がするよ
でもあとちょっと醜く生まれついてたら、今よりもっと幸せだったかもしれないと思えるのは、脇目も振らずにひたすら希求するままに勉強だけしてただろうから、今頃はとっくに目標を果たせて満足してるはずだ

なんせ快楽主義者にとって大切なのは、心から愉しめる情況なのであって、それを許さぬ社会とはもれなく疎遠で構わなくってよ
孤独であっても自己を満足させる方が断然幸せなのだからして・・・

まあ実際、それなりの自分だからこそ、それなりに愛しく思いながら、それなりの人生を少しだけ上を目指しながら生きてる今があり、格別に不幸には感じておらず

きっと幸せなのだろう 

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若さ=美貌は人形で愉しめば十分だわ

もっと奥深い愉しみは別にあるもの

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