「風立ちぬ」についての雑記【執筆:のり】

【「生きねば。」というメッセージ】

いきなりだが、「風立ちぬ」という映像作品は「生きねば。」を伝えるためのものではない。
宮崎駿は、安易なメッセージ性に頼って作品を生み出すことを嫌っている。彼の有名な言葉に「『命は大切だ』と伝えたいなら、そう書いときゃいいじゃないか」という趣旨のものがあることを、知っている人も少なくないだろう。
だからポスターのキービジュアルなどには「生きねば。」と書いてある。「生きねば。」と伝えたいなら、そう書いときゃいいからだ。これは宮崎駿個人が若者に伝えたいメッセージに過ぎない。
作品そのものが押し付けがましいメッセージ性によって作られている場合、作品は解釈の余地を大きく狭める。否応なしに透けて見える恣意的な作劇法は、作品世界への没入を妨げる。
これをして宮崎駿は「いかがわしい」と言っており、確かに特定の目的を持って作られるポルノ作品を例として想起すれば「いかがわしい」のも納得がいく。
したがって、確かに「風立ちぬ」における「生きねば。」は重要な要素であるものの、そういった「簡単に抜き出せるメッセージ性/テーマ性」は宮崎監督の映画の主翼にはならない。

【風が立った】

主翼、というか主軸あるいは主題になっているのは、二郎と飛行機が重なるという一種の比喩だ。
二郎はよく飛ぶ(であろう)飛行機を見て「風が立っている」と言う。これは映画の最初の詩を読めばわかるが、風が吹いているという意味だ。飛行機は向かい風によって揚力を得る。向かい風がよく吹くから飛行機がよく飛ぶ、これはいい飛行機だ、ということである。
一方で二郎は、関東大震災によって燃えている本の火を消しながら、そのさまを「風が吹いている」と言う。場面そのものに飛行機は関係なさそうだ。こういった「風」について「まだ風は吹いているかね。では生きねばならん」と、作中にカプローニが噛み砕いて言ってくれている。
「風立ちぬ」の「風」は、軽井沢の風景なども相まって、立った「風」は草原を吹き抜ける清らかなそよ風を連想しがちだが、宮崎駿は原子爆弾の爆風のような「恐ろしい風」をイメージしていたという。
つまり飛行機が直接関連しないであろうこの「風」ないし「向かい風」は、災いや逆境の比喩になっているということだ。
冒頭で幼い二郎が夢の中に描いた飛行機は、向かい風なしに飛んでいた。才能と情熱によって向かうところ敵なしだった幼い堀越二郎は、風のない順風満帆な人生を送っていたわけだ。
二郎は自分を「パイロットではない」とする。無論、近眼や理論家という史実的スペックが彼に飛行機の操縦を許さなかったというのもある。ただ、作品の中でなぜ彼がパイロットではないのかというと、彼自身が飛行機だからではなかろうか。

【零戦の扱い】

言うまでもなく、堀越二郎といえば零式艦上戦闘機、いわゆる零戦だ。しかし「風立ちぬ」は、零戦開発のドラマを描く作品ではないため、零戦を重点的に描くことはしていない。菜穂子とともに生きた期間でも、作られていたのは九六式艦上戦闘機だ。
開発ゼミで零戦に採用したと思しき諸技術について二郎が言及するが、結局それらは見送りになっていた。
おそらくではあるが、零戦開発の前に、というか九六式艦戦の試作が完成してまもなく菜穂子は亡くなっている。宮崎駿はこの部分を、愛する人の死を向かい風として、零戦が生まれた形にしたのではないか。
「創造的な10年」で力を尽くした二郎のことを、菜穂子が夢の中で待っていたとカプローニが言う。つまり菜穂子はずっと夢の中にいたのだ。
零戦と菜穂子が重なる。
どちらも二郎が最も美しいと感じたもの。
どちらも打たれ弱い体を持っていた。
どちらも風が立てば生きる。
どちらも二郎のもとから去っていってしまった。
喪失という風が吹く。
だから二郎は飛べる、生きる。
菜穂子と零戦はともに去り、二郎は生きる。
「風立ちぬ」は、零戦開発ドキュメンタリーではないのだから。

【執筆者情報】

名前:のり
好きなアニメ作品はエヴァ、冴えカノ。レッドブルに漬かりながら生活しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?