理想的な夢

 これはどうやら夢らしい。
 告白を承諾されてからデートの約束まで取り付けた。
 しかし、時間の経過につれてだんだんと冷静になってきた。
 だって今まで百回以上もアプローチしてきたんだぞ?
 そのたびに断られてきた。
 何度も断られ、そのうえ他の男からのアプローチも一切意に介さない彼女が、俺みたいなのと付き合ってくれるわけがない。
 しかも噂によれば、各国の重要人物からも声がかかるというではないか。
 そんな彼女のことだ。何かいたずらか、からかいの類に違いない。

「お待たせ。……今日の格好、どうかな」

 待ち合わせの時計台の下。しかし、彼女は来た。夢の中というだけあって、いつにも増して綺麗で可愛い。
 清楚な白いワンピース。真っ白な肌。
 まるで映画の世界のヒロインみたい。
 夢は願望を映すというから、100%俺の理想を再現しているのだ、きっと。

「すっごく綺麗だ」
「そ、そう? ……ありがとう」

 月並みの言葉しか出ない。でも、彼女は喜んでくれた。

 せっかくの夢物語。
 まやかしとは言え、楽しまなきゃ損である。
 俺は、この夢を全身全霊で楽しむことにした。

***

 定番中の定番、遊園地デート。
 彼女お勧めの遊園地である。
 割とエキサイティングなアトラクションが多い。

 一緒に絶叫したり、走り回ったりして楽しんだ。
 沢山回った後、最後のアトラクションに入った。

 廃工場を模した建物の中。
 敵はあちらこちらから俺たちを狙っている。
 シューティングアトラクション、と言ったらいいのだろうか。

「あ、あそこ! 物陰に潜んでいるよ」

 彼女が指示した方向に、素早く銃を構え銃弾を放った。命中。

 銃も本物に忠実に作られている。銃声が大きい。
 敵役が被弾した際の血のりや叫び声なども、かなりリアルなクオリティだ。
 これまで周ってきた場所も、まるで実際に体験しているかのようだった。

 まあ、夢なので自在に再現できて当然なのだろう。

「すごい……。大学で一緒に居る時は、こんなことができるなんて想像つかなかったよ」

「いやあ、君の前だとかっこつけたくなっちゃって。……と、危ない!」

 彼女の前に素早く回り込み、盾となる。
 同時に、こちらに銃を向けていた黒服サングラスの男に発砲。
 男は倒れ、痛そうなうめき声を出している。傷跡からは血のりが流れている。

「あ、ありがとう、助かったわ」

「そろそろ出口だ」

***

「ここまで安心できたのは、あなたが初めてだよ」

 アトラクションを出て、人気の少ないベンチで一息つく。
 これまでも何度か、他の男とこの遊園地に来ていたということだろうか。

「いいとこ見せられたかな?」

「うん、ばっちり。合格です!」

 百万点の笑顔で言われる。
 ふむ、これがときめきと言うやつか。
 舞い上がりそうになったが、ちゃんと確認しておこう。

「彼氏として、認めてくれるのか?」

「もっちろん。あなたと一緒なら、どこに行ったって平気だよね」

 こんなに素敵な女の子と色んな所へお出かけする。
 どれほど楽しいだろうか? 考えただけでワクワクが止まらない。

「自分で言うのもなんだけど、私、色んな人から狙われちゃうからさ」

 迷惑そうな顔で言う。これだけの美貌と性格なら、沢山の男から付き纏われるのも無理もないし、迷惑がるのも当然だ。

「某国のスパイも、大国からの刺客も、あなたなら敵じゃないよ」

 その声音からは冗談っぽさはうかがえず、本気であることが感じ取れる。
 俺がこれまで会ったどんな男よりも優秀。そういうことを言いたいのだろうか。流石にほめ過ぎだと思う。

「今日のはたまたま。アニメやドラマのアクションのイメージが役に立ったのさ」

 夢の中だからだろうな、きっと。

 というか、彼女、そんなにシューティングアトラクションが好きなのだろうか。
 動きっぱなしは流石に疲れるのだが。

「ふふ、謙虚なんだね。今までの人もいいとこまで行ったけど、傲慢さが仇となって最後は駄目だった」

「そうだったのか」

 これまで付き合ってきた男たちと比べ、俺が一番。
 謙虚と言われたばかりだが、うっかり悦に入ってしまう。

「夢の中とはいえ、最高だな」

 すると、彼女が少し表情を曇らせる。

「ねえ、念のため確認なんだけど」

 刹那、左頬に衝撃が走り、パンという音が夕暮れの空にこだました。

 
 強い痛みは、いやに現実味を帯びていた。
 目が覚めたのだろうか。しかし、景色は変わらない。
 先ほどまでと変わらず、彼女は目の前にいる。
 変わっていたのは彼女の表情だけだった。

「……寝言は、寝てから言って欲しかったな……」

焦燥と困惑の織り交ざる表情で彼女は言った。

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