10作目:連作短編!メフィストフェレスの善行2話目「未来にて」

「天使の私に、悪行を手伝えと?」

 悪行とは、人間たちを不幸にする行為のこと。
 主に悪魔による「人間への干渉」によって成されます。

「できないのか?」

 《未来視の悪魔》は、表情を変えずに問うてきます。

「それは――。抵抗はあります」

 天使の本分は「善行によって人間の幸福総量を増やすこと」ですから。
 その逆をやるなんて、他の天使からは白い目で見られそうです。

「じゃあ、こう考えたらどうだろう」

 《未来視の悪魔》は淡々と語りかけてきました。

「君が俺を手伝うことで、一人もしくは数人の人間を不幸にする」

 指を一本、二本と立てて、私の前に突き出してきます。

「しかし、君が追放されないことにより、数十人、数百人を幸福にできる」

 両手を広げて、ひらひらと見せつけられました。

「なるほど、不幸になる数人は尊い犠牲と言うことですね」

 私はしばし目をつむり、考えます。

 あくまでも天使の目的は「幸福総量の増加」。
 だとすれば、優先すべきは《虚偽の天使》の発見。

 口車に乗せられている感は否めませんが――

「やむを得ません。やりましょう」

***

「こ、こんにちは」
 
 扉が「ぎい」と、音を立て、開きました。
 《未来視の悪魔》が根城としている館に、女性が訪れたのです。

「……ここの占いが、悩みごとの解決につながるって、本当ですか?」

 なにやら、お困りのご様子。
 ここはひとつ、私が手助けを!
 ……と、言いたいところですが。

「さようでございます」

 そう言って、来客の女性に深々とお辞儀をしました。
  
 今の私は、占い師に変装した《未来視の悪魔》の手伝い役。
 彼の悪行の邪魔はできません。

「……素敵なコスプレですね」

 女性は私の姿を見て言いました。
 そういえば、私は変装していないのです。

「ふふ。コスプレではございません」

 あえて本物の天使ですと言ったところで、人間は簡単には信じないことでしょう。
 頭上には天使の輪、背中には天使の羽。

「雰囲気、出てますね」

 女性はあくまでも、占いの館のムード作りだと思っているようです。

 天使と悪魔の存在は、一部の聡明な人間たちによって認識されています。
 が、その発見からまだ間もありません。信じていない者も少なくないのです。

「主は、あちらでございます」

 天使としては、人間からちやほやされたい気持ちも無くはありません。 
 しかし、今はぐっとこらえて、やってきた女性を案内します。

***
 
「あなたの未来が見えてきます。この水晶の中に」

 女性を《未来視の悪魔》の待つ部屋へ案内すると、さっそく占いが始まりました。
 悪魔は水晶に力を注ぎ込むような仕草をしています。
 その様子は、いかにも占い師のようです。

「交際相手との関係でお悩みのようですね」
「はい」

 女性は、恋愛のことを占って欲しいとのことでした。
 これまでたくさんの人間を見てきましたが、彼女の容姿は美しい部類に入ると思われます。
 まあ、私のほうが美しいですけどね。ふふん!

「お相手の方が、あなたを本当に好きなのか、気になっている……?」
「……はい」

 悪魔の言葉に、女性は間をおいて答えます。

「いつ頃からお付き合いされているのでしょう?」
「かれこれ数か月です」

 数か月。若い人間にとっては長く感じる月日でしょう。
 数百年の歳月をゆうに生きる天使や悪魔にとっては、ささいな期間ですが。

「一緒に過ごす間に、お二人の仲は深まりました」
「ええ」
「それは”慣れ”とも言えるでしょう」

 それを聞いた女性は、その先にどのような言葉が続くのか、想像がついているようでした。

「”慣れ”。言い換えると、”飽き”。女性づきあいも決して少なくないお相手の方は、あなたに飽きればすぐに他の女性に乗り換えるかもしれない」

 《未来視の悪魔》は無遠慮に投げかけます。

「そうなんです。私、捨てられるのが恐くて」

 女性はうつむきました。表情はうかがいづらいですが、泣き出してしまいそうな雰囲気です。

「そうですか」

 言うと悪魔は、水晶を見る目に力を込めます。
 しばし眺め、突然、かっと目を見開きました。

「な、何か見えたのですか?」

 《未来視の悪魔》の目に何が見えたのでしょう?
 気になりますが、来客の女性のように前のめりになるのは、案内役として憚られます。

「正直、あなたに話すのは気が引けるのですが」

 悪魔は神妙な面持ちで前置きしました。彼女に伝えるには酷なことなのでしょうか。

「覚悟は、決めてきたつもりです」

 彼女は力強く悪魔を見ます。

「聞かせてください、あなたが見た光景を」

 女性の言葉に、《未来視の悪魔》が応えます。
 少しだけもったいぶってから、いいでしょう。と言いました。

「私が水晶の中に見たのは、ある男性が女性と歩いている未来の光景です」

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