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アートと社会をつなぐ、小さな成功体験

こんにちは。アートマネージャーのてらだです。

私は学生時代、休学して10ヶ月間ロンドンに留学していました。そこでの体験と気づきを、これから少しづつ、書いていこうと思っています。

アートの現場を見たい!

渡英してすぐ、気候も温暖なロンドンの6月。「せっかく来たからにはアートの現場で何が行われているのがとにかく見たい!」気持ちに満ちていた私は、渡英直後からひたすらCVを書き、アート関係のアルバイトやボランティアを探していました。

その時よく使っていたのがArts Council Englandの掲示板です。

小さな感動ポイント①:このサイトは、大学の単位互換プログラムやボランティアプログラムとして設計されているもの以外の無賃労働は掲載できない独自のフィルターを設けている。いわゆる「やりがい搾取」を防ぐ仕組み。

渡英したばかりの外国人の自分が入っていける場所なんてあるのだろうか・・・?

と、当初は自信がなかったのですが、さすがロンドンというか、とにかくアート関連の事業と人員募集は膨大にあり、有償無償問わなければ、案外あっさり現場に入ることができました。


野外アートフェスでのボランティア

初めての現地でのボランティアは、ロンドン最大級のアウトドアアートフェスティバル、グリニッジ+ドックランズ国際フェスティバル[Greenwich+Docklands International Festival](通称GDIF)でした。グリニッジは、グリニッジ天文台で有名なロンドンの郊外で、私の住んでいたロンドン北西部からは電車で2時間以上かかりましたが、エキストラとしてダンス作品に出演したり、募金集めや誘導、子供たちに作品(であり遊具)の楽しみ方を紹介する活動をさせてもらい、充実した経験となりました。

小さな感動ポイント②:ボランティア制度が確立されており、たくさんの活動の中から自分の興味に合った活動を選べました。受付や募金集めだけでなく、パフォーマーとして実際に作品に参加できる演目もあり、アートに興味のあるおばちゃんからドラマスクールに通う学生まで、幅広い参加者が活動していたのが印象的でした。また、一般ボランティアのマネジメントを当日行うリーダーポジションも、フェスティバルのスタッフではなくボランティアから募集され、現場を回していました。

イギリスは、このフェスティバルに限らずボランティア文化が根強く、まずはボランティアとしての経験が、その業界でのキャリアの入り口になる一般的な認識があります。大学のキャリアアドバイザーにも、CVにボランティア経験を書くようにとプッシュされました。また、フェスティバル後にはスタッフが、「今後の活動に必要であれば推薦状(Reference)を書くよ!」とメールまでくれる至れり尽せりっぷり!

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次に出会ったのが、ダンスカンパニーNeon Danceが募集していた Cultural Connector(カルチュラル・コネクター)でした。

カルチュラル・コネクター

馴染みのない言葉ですが、これ以外で聞いたことのないポジションなので、他に言い換えようがないのです。。概要を読んでみると、「カンパニーのツアー作品『パズル・クリーチャー(Puzzle Creature)』と、自分の地元コミュニティとを繋ぐ架け橋になる」と、やっぱり全く聞いたことのない仕事でした。

具体的な仕事内容は、

①自分自身のコミュニティに作品やカンパニーを紹介するメディアを作成する。それを用いてコミュニティの人々に興味を持ってもらい、観客として来場してもらう。
②これまでアートに関心がなかったかもしれない/(何らかの理由で)チケットを購入できないコミュニティの人々に対し、150ポンド分の招待チケットを渡し、公演に足を運んでもらう。
③少なくとも一回、自身が公演を鑑賞し、それに対するレスポンスを作成(GIF、詩、映画、ブログ、歌、レビュー、アート作品など)する。

対象は18-24歳。作業は完全リモートで、報酬は500ポンド。


ふむ。面白そう。お小遣い稼ぎにもなる。と興味本位で応募を決めました。


その後、書類審査とスカイプでのプレゼン面接を経て、ロンドン公演のカルチュラル・コネクターに選ばれることができました。(激混カフェのWi-Fiを使って必死でプレゼンしたあの日、チューブのホームで結果通知のメールを受け取ったあの朝のことは、しばらく忘れられないでしょう・・・)

アートを自分のコミュニティと接続する

この作品は、「養老天命反転地」や「三鷹天命反転住宅」で知られる荒川修作とマドリン・ギンズの建築にインスピレーションを受けており、振り付けには日英の手話も取り入れられていました。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で世界初演を迎え、さらに日本人ダンサーの木田真理子氏も参加しているなど、とても「日本」と接点の多い作品でした。

そういう作品だったこともあり、私がターゲットにしたコミュニティは、安直にも「ロンドン在住の日本人コミュニティ」でした。それまで、留学して来てまで、日本人と「つるむ」ことに引目を感じていましたが、視点を変えてみればそれは、現地(ロンドン)で誰もが持っているわけではない貴重なネットワークであることに気づきました。また、ここでは日本語が話せることも、周りと自分を差別化できるスキルの一つであることにも。

私が実際にやったことはシンプルで、公演の案内文を日本語に翻訳し、加えて作品のバックグラウンドを簡単に説明するフライヤーを作成しました。ロンドンの日本人学生コミュニティ(Facebookグループ)や、在英日本人の掲示板サイトに投稿すると、興味を持った何人かが連絡をくれ、チケットを買ってくれました。また、同じプログラムで留学していた「アートに拘ったことがなく関心がない」ために「自らチケットを購入しない」日本人学生たちには招待券を渡しました。彼らも、非日常的な体験を面白がってくれました。公演後は来場者のフィードバックを取りまとめ、カンパニーとシェアしました。

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▼ 最後に制作した作品へのレスポンスです。観客を集めるだけでなく、自分も作品に向き合う、ということを経験できる機会でもありました。

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観客もパフォーマーも皆、ビニールハウスのような舞台美術の中に入れられた状態で始まる上演。息苦しくもあり、守られているような心地よさのあるビニールハウスは胎内のよう、その内外で蠢く3人のダンサーは、世界に産み落とされる以前の生命体のよう。3つの生命体は、(身体の破片のような)メッシュの仮面やギプスのような構造物を身につけたり玩んだりしながら、非言語的なコミュニケーションをとる。産み落とされる観客。強い光と音の刺激の中、母体は生命体自らによって破壊されていく。


アートと社会をつなぐ経験

「アートマネジメント」という言葉には、様々な要素・意味が内包されていますが、それは「アートと社会をつなぐ営み」だと言われることがよくあります。

日本で私が経験したアートマネジメントのインターンやボランティア、アルバイトは、公演当日や稽古場の運営など、現場の実務的な業務を任されることがほとんどでした。もちろん、そういった実務経験は業界に入ればそのまま生かすことができるので、全く無駄にはなりません。ただ、カルチュラル・コネクターの活動では、私は「自分自身のコミュニティ」という小さな「社会」とアートをつなぐ、新しい成功体験を得ることができました。私がやったのは、結果だけ見れば、フライヤーを作って集客したというだけのことですが、この活動には、自分がどんな「社会」にいるのか、アートとの間にある壁は何か、それを乗り越える方法とは何かを考えさせるプロセスがデザインされていました。


▶︎ 自分はどんな「社会」に属しているのか?

▶︎ そこの人々は何に興味があるのか?

▶︎ チケットを買わない(買えない)人たちが、チケットを買わない(買えない)理由は何か?


ダンスカンパニーNeon Danceがやっていたのは、「カルチュラル・コネクター」というコンセプトのもと、アートと社会をつなげる役割を18-24歳という若い世代に担わせるという試みでした。Neon Danceは、募集にあたってアートマネージャー育成を銘打ってはいなかったものの、ここにはアートマネジメント教育のヒントがありそうな気がしています。


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