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【あいさんの開運参拝方法】住吉大社の歩き方 この開運参拝順で運氣を掴んだ!あいさん方式② 種貸社、大海神社、志賀神社

左側の門から入ります。

伊勢神宮 遥拝所

御文庫

左に折れます。

種貸社 末社

祭神:倉稲魂命。例祭:4月9日。
元は長居町に鎮座した式内社「多米神社」で、多米氏(ためうじ、多米連)の氏神とされる。明暦元年(1655年)に住吉大社境内に移転。

初辰まいりにて一番目にお参りする神社で『延喜式』神名帳、『住吉大社神代記』に多米神社と記載されている歴史のある古社です。
稲種を授かって豊穣を祈る信仰であったものが、時代とともに商売の元手、元本、また子宝祈願の信仰に発展したものと考えられます。近年、商売をされている方の参拝や子宝祈願など日本全国より多くの参詣者が訪れています。
例年3月17日の祈年祭に先立ち、五穀の種をお祓いして農業関係者にお分かちする神種頒賜祭(かんざねはんしさい)という神事が行われており、種貸信仰の原点を見ることができます。

一寸法師です! 少彦名命、ですね。

スクナヒコナは「日本霊異記」の道場法師、五條天神を媒介にした中世の『小男の草子』、近世の『御伽草子』の一寸法師にまでつながっていく。

ナンジャモンジャの木 「清廉」

そして、種貸社の次に、参拝してほしい! 左隣、忘れないように!

大海神社

祭神:豊玉彦命、豊玉姫命
社格:式内社「大海神社二座」
例祭:10月13日

「だいかいじんじゃ」。第一の摂社。境内北寄りにおいて本宮同様に西面して鎮座する。『延喜式』神名帳では「元名津守安人神」とあるが、これを「氏人神」と校訂して津守氏の氏神社とする説のほか、『住吉大社神代記』にも「津守安必登神」と見えるため「安人神/安必登神 = 現人神」と解釈して津守氏の現人神信仰の神社とする説がある。

鎮座地の西方は、往古より「玉出嶋」といい、神域の杜は「磐手の森」と称し、萩と藤の名所でありました。社前の井戸は「玉の井」と呼ばれ、山幸彦が海神より授かった潮満玉を沈めたところと伝えられています。

ここです!

「潮満玉」

「潮満珠(しおみつたま)と潮涸珠(しおふるたま)」
海神宮(わだつみのみや)を訪れたホオリ(山幸彦)は、海神から潮満珠(しおみつたま)と潮涸珠(しおふるたま)という、潮の満ち引きを自在に操る宝玉を贈られます。地上に帰ったホオリは、この宝玉を使った洪水攻撃で兄ホデリ(海幸彦)を叩きのめします。

潮満珠潮干珠守【大海神社】は、現在、コロナ禍で、オンラインで購入できます!

なぜ、この大海神社なのか!

種貸社で、種銭守を購入して、

大海神社に参拝して、潮満珠潮干珠守は、授与所で購入します。

潮満珠潮干珠守は、好機判断の御守です!


種を買ったものの、芽が出るか、出ないかは、その時の天候で変わります。雨が降ることと、太陽光が射すことの、陰陽の調和が整っていなければ、芽は出ないのです。

わたしのブログ、「お財布おまじない」で、書いてあります。すでに、この御守は、2015年から始めてみました!

この御守のおかげで、わたしは、判断を誤ることなく、舅さんの負債をご破算にすることができました。ありがたいことです。

玉の井

「しがじんじゃ」。境内北寄りの大海神社近くに西面して鎮座する。祭神の綿津見三神(海三神)は住吉三神とともに禊祓で生まれた海の神で、阿曇氏祖神。志賀海神社(福岡県福岡市)を本社とする。

ワタツミ三神は住吉大神であるツツノオ三神と出現を同じくし、海の神として表裏一体の関係とされています。
ツツノオ三神が主として航海、港湾守護の神であるのに対し、ワタツミ三神は海そのものの霊威と持つ神として信仰されてきました。
住吉大神、神功皇后、大海神との深い関係性からこの住吉の地に祀られたといわれています。

さあ、次は、楠珺社に行きましょう!

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