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いつも来るお客さん①

午後3時半ごろにそのお客さんはやってくる。無駄に大きくそして重そうなバッグを背中に背負ったそのお客さんはなんか少し変わり者だ。

入ってくるなり、アルコールで手を消毒すると、店内の空いている席を探す。そして、空いていれば2人テーブルを開いていなければ、カウンター席にその大きな荷物を置いて、注文カウンターにやってくる。頼む注文はいっつも同じで、「店内で、レギュラーサイズのアイスティーをお願いします」って言う。ごくたまに、一緒にケーキやサンドイッチの食べ物を頼んだり、アイスコーヒーを注文したりするけど、基本はアイスティーだ。

会計もいつも一緒で、うちのカフェ専用のアプリの残高で支払いする。そして、レシートを渡すタイミングで、私たち店員が「ありがとうございます」という前に「ありがとうございます」と言ってくる。商品は基本的には別のカウンターから渡すのだが、その商品が出てくるまでの時間の間に、注文カウンターの逆側にあるミニカウンターから紙ナプキンを数枚とる。そして、飲み物を受け取るとまた私たちよりも前に「ありがとうございます」と言って席に戻っていく。

正直、ちょっと奇妙だ。丁寧と言うか礼儀正しいと言うか、それでちょっと他のしょっちゅう来る客とは異なるのだ。またこういう風に丁寧で礼儀正しい人は他にいても大体の場合で程度が行き過ぎているというか、そのせいでかなり挙動が不審であることが多いが、この人はそれがあんまりない。ただ女の子が苦手なようで目が合うとちょっと焦ったそぶりを見せるのが少し面白い感じがする。

席に戻ってからは基本的にはずっと勉強している。私は文系の女子大学生であるから何を勉強しているのかよくわからないのだが、おそらく医療系の勉強をしている。なので、医学部とか看護学部か薬学部とかそのへんだろうか? ただ年齢は私よりも上そうなので、おそらくは医学部とか薬学部とかの6年生の大学生か浪人してるか、そんな感じがする。少なくとも結構な頻度でカフェに来ている(らしい)ので、社会人とかではない。

こうやって、あのお客さんのことを書いていると他にも変なとこがあることがわかってきた。具体的にはまずは服装だ。恐ろしいほどに格好に差がない。ジーパンにシワシワの白ワイシャツ、春先には黒い薄めの上着を着てたこともあったな。変化と言えば、たまにジーパンが黒いチノパンに変わる程度だ。カバンも重そうな黒いリュックサックで固定である。……そういえば、一度だけネクタイを締めてスーツ風の恰好があったっけ? まあほとんど一緒だ。

あと、変なとこと言えば、勉強に区切りがつくタイミングなのかは定かだが、1日に2回くらい恐ろしいほど脱力して休憩する。スマホを弄りながら足を延ばして、頭の中を空っぽにするように休憩する。カフェでそこまでする人は少ないような気がする。

こう考えてみると意外と彼もまた変わり者なのかもしれない。ちなみに帰る時もすごく丁寧だ。自分が使った机は綺麗に紙ナプキンでふき取り、グラスから滴り落ちてしまう水滴はいつも残っていない。そういえば、消しカスとかもなくてその掃除をしているのかなって思ったら、全部ボールペンと蛍光ペンで勉強しているようだった。それもちょっと珍しいような。

今日は帰り際に、返却カウンターにグラスを返すタイミングで、「ありがとうございます」って声をかけてみた。ビクッとしたのちに、焦った様子で伏し目がちに「ありがとうございました」って小声で返してくれた。

なんか面白い。

写真:寝そべる狼?

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