Another One Step of Courage 第5章:後に残る悔いの念
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俺の初デートは絶対に成功していた。でも、自分が最後にしでかしたことで失敗で終わってしまった。「終わりよければすべて良し」ではなく、「終わりが悪ければすべて台無し」と言ったところだろうか。すぐにリカバリーしなきゃって思ってその日のうちにメールしたが、返ってこなかった。でも、明日には会えるだろう毎日一緒に帰っているわけだし、と思っても今は夏休みだった。椋乃にメールを送りたくても、一通目が無視されている以上送れない日々、辛いはずだった。でも、現実とは非情なのか簡単なのかわからないもので、それ以上に俺を辛くするもの登場で、椋乃への思いを忘れかけていた。
受験勉強である。そして、毎日のスケジュールはセンターのためのこれまでの勉強の復習、自分が行くかもしれない大学の学部の赤本の過去問をひたすら解く。そして予備校や自主勉強に疲れれば寝る。夏休みという名前は名ばかりで、日曜日もなければお盆休みもなかった。もちろん、椋乃を思う時間も。俺にとって椋乃と勉強では勉強のほうが重い、つまり俺の椋乃への思いは勉強の重要性と比べればくだらなく意味のないものだということを指していた。高校初めてで最後の大恋愛は始まりが運命的なだけで、簡単で終わりかけるコメディドラマのようなものだった。
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結局、椋乃とは夏休みの間、一度も会うことなく一度も連絡を取ることもなく終わった。悠斗が昔に言っていた「長期休みは切れ目になりやすい」という言葉を思い出して胸に突き刺さっていた。あいつのリア充おのろけ自慢をもっと真面目に聞いておくべきだったと後悔した。今、始業式を終えて、担任の先生が教室で話している。まあ内容はどうせ「まだ頑張ればいい大学に行ける」とか「指定校推薦を狙っているなら学校の勉強を頑張れ」だのの言葉の繰り返しだ。俺は一番前の一番左に座る椋乃をチラチラ見ていた。でも、椋乃はこっちを見ようとなんてしなかった。さっき話かけた時も無視してからの、友達のところにフェードアウト。もう俺と椋乃がちぎれてしまっていることが目に見えた。
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おそらく自然消滅というものをしてから七ヶ月くらいが経っている。
こんなことを思うようになったのは、受験がすべて終わって余裕が出来たからだろう。この何日間は学校も勉強のために休んでいたし、椋乃の顔を見たのも一月上旬の三学期末テストが最後だろう。結局、大学はこの世の生物の中でも最も優れている人間についての研究をしたいと思って、医学部を中心に受験した。国立はセンター利用で引っかかっていたら受験しようかな、と思っていて第二次試験も受けはしたが受かりはしなかった。でも、国からの研究補助金が最ももらえている私学の医学部に進学が決まった。学費も私学内では安く、親不孝にならない程度の金額だ。俺はおそらく受験で成功したと言えるだろう。
そして、今椋乃に向かって伝えたい。椋乃が無視してくれて、椋乃が自分にとって重要じゃないって教えてくれたから、受験に成功した。そして、俺を手放した椋乃に「残念に思い、後悔してほしい」と思った。
でも、そんなことを大学の合格通知を眺めながら、机の上で考えているとまた違う感情が湧いてきた。なんなのだろうか、この気持ちは。
なぜ勉強をした理由に椋乃を絡めた上で、更には後悔してほしいなんて思ってるんだろうか? もしかして……俺は……自分を無視した椋乃が忘れられなくてヤケになって勉強していたのか? 後悔しろって言っている俺が後悔しているじゃないか、椋乃を失ったことを、もっと復縁に力を入れなかったことを。確かに椋乃にそんな風に無視されたことがきっかけで勉強に専念できたのかもしれない。でもそれはヤケになって……。
客観視をしたことで自分の真意に到達して、心が張り裂けそうになった。椋乃に言うべきことは「ざまあみろ」なんていう後悔を助長する台詞じゃない! 「ありがとう」とか「もう一度やり直さないか」という感謝や復縁を伝える台詞だ! いてもたってもいられなくなった。そこで、俺は卒業式にどんな形でもいいから椋乃と話すことを決めた。そして、もしも椋乃が受け入れてくれるのならば、もう一度……。
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卒業式の前の待機時間、椋乃を探したがどこにもいなかった。教室のどこにもおらず、どこかの教室に行って他の友達と話し込んでいるというわけでもなかった。仕方がなく卒業式に参加していた。さっきから色々な人の言葉が耳に入ってこない。どうやら式辞やら祝辞やら送辞などをしているようだったが、俺の頭の中には椋乃のことでいっぱいだった。会いたい、ただ会いたいんだ! すると、突然耳に言葉が入ってきた。それは教頭の声のようだったが内容以外はどうでもよかった。
「答辞、卒業生代表、富田椋乃」
椋乃はなんと卒業生代表だったのだ。だから、打ち合わせとかのせいで教室にはいなかったのだ。椋乃が壇上に進んでいった。もちろん心は今すぐ椋乃の元に行きたかったが、流石に式典でそんなことをするわけにいかなかった。
「遅咲きの八重桜が咲く頃、私たちはこの学校に入学をしました」
冷静に考えれば、椋乃は答辞に適任だった。理文ともに成績が良く、文芸部で言葉遣いもうまい。そんな人が答辞に選ばれないはずがない。椋乃はとても礼儀正しい口調で、言葉を操り美しい声で重みのある言葉を発していく。そんな声を一時期、毎日のように聞いていたことを思い出した。きっと椋乃はそのようなことを意識していなかっただろうけど……。話は進みいつしか内容は終盤の結びの部分になっていた。
「……私には一人特別な友人がいます。その友人との出会いは不思議な出会いでした。出会った当初は変なくらい波長の合う変な人だな、なんて思っていました。しかし、その友人と毎日のように一緒に帰ったり、私の文芸部での活動をその人に手伝ってもらったり、その友人とは疎遠になりかけていますが、そんな友人を育めたこの学校で、私はとても充実していました。私たちはこの学校を卒業していくことを名残惜しく思いながらもこの学校を卒業できたことを、胸を張って言えるようになります! 二〇××年度卒業生代表、富田椋乃」
椋乃は一礼をすると、壇上を降りていった。卒業式の最後のスピーチが終わり笑う同学の生徒の中で、俺はなぜだか涙が止まらなかった。
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卒業式が終わると卒業生パーティが行われる。都立高校である以上大規模なのは税金とかの関係でできないが、簡単な立食パーティだ。積立金や旅行の余剰金で開かれる。参加は自由だったしほとんどの生徒が参加するので、俺は参加をした。会場を練り歩き、椋乃の姿を探した。パーティの締めとして行われた一人ずつ将来について一言をいうコーナーをずっと見て椋乃の番を待った。しかし、いくら探してもいくら待っても椋乃はいなかった。俺はパーティが終わると急いで、学校を出て駅に向かった。そして、いつも椋乃が行ってしまっていた自分の家とは逆方向の反対側のホームに行き電車に乗り込み、椋乃の家に向かった。椋乃の家には行ったことはなかったが、最寄駅と住所は知っていた。電車に乗っている時間なんて三十分もなかったのに、一時間にも二時間にも感じた。それくらい椋乃と会いたかった。
駅に着くと急いで電車を降りて改札口を出る。右手には携帯電話を持って椋乃の家までナビをさせる。歩くこと十分で、椋乃の家と思しき一軒家があった。しかし、家の様子がおかしかった。家の前には引越し屋のトラックとタクシーが一台ずつ。住宅の角から様子を伺っていると、椋乃が玄関から出てきた。もう椋乃は制服を着ておらず、私服姿で大きなバックを持っている。椋乃は玄関でお母さんっぽい人と話をしたあと、タクシーに乗ってしまった。急いで角から出たが、椋乃を乗せたタクシーはトラックを引き連れその場を去ってしまった。誰にでもわかるように椋乃はその場を去ってしまった。呆然となにもできず立っていた。すると、さっき椋乃と話していたお母さんっぽい人が俺の存在に気づいた。こちらに来ると話しかけてきた。
「あの……椋乃の友達さん?」
「え! あ、はい、そうです! えっと、富田さんのお母さんですか?」
「そうです、初めまして。今日はなにか椋乃に用事?」
「いや、その……卒業生のパーティに参加しなかったので、なにかあったのかな? って思いまして」
「え、言ってなかった、あの子? あの子ね、来年度から一人暮らしになったのよ」
「え? ほんとうですか?」
「そうなの、私たち親の方の用事ができちゃって、ここの家を一時的に離れることになったのよ。私はたまに帰ってきて、掃除とかしようと思ってるんだけどね」
「あ、そうなんですか……」
「まったく、椋乃も行くなら友達に言わないとね。引越し先でも教えましょうか?」
「……いや、いいです。富田さんがなにも言わなかったのなら、きっと俺に詮索されたくないってことでしょうから……ありがとうございました」
椋乃のお母さんは優しくそう教えてくれた。なんというかしゃべり方と声が物腰が柔らかくて、この親あってこの子ありという感じがした。でも、そんなことはどうでもよく、椋乃が俺に対してもうなんとも思っておらず、なにも言わずに行ってしまったことがショックだった。椋乃への未練が大きいまま、椋乃の家を後にした。
なあ、椋乃。これでお別れなのかな? 俺は後悔ばかりだよ。もしも初めてあった時のように以心伝心して、今も波長がぴったりと合ってるなら君も……。いや、もうそんなことないんだよね……。
写真:山間の自然
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