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Another One Step of Courage 第6章:君の言葉は俺の言葉。俺の言葉は君の言葉

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「ほら、しゃんとしなさい! 今日から大学生でしょ! 母さんたちは後を追って行くからさっき行ってなさい! というか、スーツよく似合うわね。あとはちゃんと背筋を伸ばすだけ!」

 そういうと母さんは俺の腰を叩いた。スーツを着るのは初めてだった。新品の黒いスーツは異様に重く、初めて高校のブレザーを着た時の感触に似ている。でも、ネクタイはなれていた。高校時代も付けていたおかげで逆に落ち着くくらいだった。しかし、どんなにこんな一張羅を着ても、学校に進んで行きたくはなかった。理由は明確だった。新しい学校には君が……椋乃がいない。他の人から言わせれば馬鹿な話だろう。でも、俺にはそれが一番重要だった。駅まで歩き電車に乗りまた歩き大学につく。そんな工程もこれから学校に通い授業を受ける工程もまったく楽しみではなかった。

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 小学校も中学校も高校も大学も、入学式なんてほとんど一緒だ。学校の偉い人が無駄に長い話をして終わり、そんなもんだ。大学が他と大きく違うところはその後、いろんなサークルに勧誘されることだ。入学式が終わり、式が始まる前にもらったサークル案内を手がかりに自分の行きたいサークルを探す。俺はもちろん化学系の実験ができる理系サークルがお目当てだった。高校時代、椋乃以外に興味があったものが化学だったから、それをモチベーションに大学に行きたいと思えるかもれない、そんな思いもあった。校内の地図をよく眺めて、すると大学の端のほうに特別教室棟があった。そこで、お目当てのサークルの募集をやっているはず。俺はそこに向かって歩きだした。

 歩き始めて三分。高校ぐらいだったら、どこの施設にでも着いているころだけど、さすがは総合大学、広い。特にここのキャンパスは十種類ある学部のうちの七つの学部の一二年生が一般教養を学ぶところで、特に広い。そんな広いキャンパス内でサークルがどこでも呼び込みしているということは、ほんとうにサークル数が多いことがわかる。ちょうど特別教室棟が見えた頃、右側に掲示板があった。その掲示板にはいろんなサークルの勧誘のポスターが貼られていた。目的地はすぐそこだったが、少し眺めることにした。フットサル、テニス、クライミング、スカッシュなどなどのメジャーからマイナーまでのスポーツサークルに、文化系のサークル、更には怪しげな宗教サークルまで。端から端まで見ていると、一つだけ目を惹くものがあった。

「小説を書こう! いろんなジャンルで小説を書いている人を募集しています。基本的にはツーマンセルになって編集と作家の関係を互いになってもらいます! 一年に四回定期批評会もあったりします。ライトノベルや恋愛からホラーやサスペンスまで、特別教室棟横の第一大学図書館、二階の特別鑑賞室にてお待ちしています! 執筆サークル『カインド』」

 目を惹かれたのは、きっとそれが文芸部と同じ匂いを感じたからだと思う。化学サークルは後にして、そちらに向かうことにした。入る気なんてなかったけど、なんだろうか椋乃の小説を読んでいたことを思い出したから行ったのだと思う。

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「失礼します」

 俺はその特別鑑賞室という名前のついたミーティングルームのようなところに入った。中には十人くらいの先輩っぽい人と他の参加希望者がいた。

「お、参加希望者かな? ようこそ、カインドへ! もうちょっと集まってから説明会的なことをするから待っててくれる?」

「あ、はい」

 俺以外にスーツを着ている人は四人、この人たちは新入生できっと希望者なのだろう。案内された席で待っていると、また一人また一人と入ってきて、十人くらいに達したころ、先輩が話しだした。

「じゃあ、十人位いるし、第一回の説明会でもやりますね。じゃあ、ちょっと暗くして」

 すると、他の先輩が暗くした。その瞬間、ドアが開く音がした。女の人の声がした。

「失礼します。説明会始まってますか? 今からでもいいですか?」

「あ、希望者? ちょうど始まるところですよ。ささ、座って座って」

 すると、その女の人は座ったようだった。驚いたのはその声に聞き覚えがあり、そしてその喋り口調はおしとやかで、すごく似ていた。俺はそっちの入口のほうを見たが、暗くなっていて確認することができなかった。

「じゃあ、説明を始めますね」

 そういうと、いつの間にかに降りたスクリーンにプロジェクターでスライドが投影され始めた。その時だった、スクリーンに反射した光でその女の人の顔がはっきりと見えたのは。

 その人は紛れもなく確実に、富田椋乃だった。

「えっと、ようこそ。カインドへ。僕たちはこの学校でもっとも大規模な小説サークルで、今はこの十人しかいませんが、学校全体で200人近くいて、兼部も多いです……」

 解説が始まったが、俺の興味は確実に富田椋乃である人がその場にいたことだった。説明はまったく耳に入らなかった。迷惑になるのは嫌なので俺はじっと説明会が終わるのを待った。

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「……まあ、こんな風に時にはジャンル別に時には学年別に批評会はやっています。じゃあ明るくしてー! ということで、質問受けます。参加は今日申請しなくてもいいからね。他にもたくさん小説系のサークルはあるし、よく考えてくださいね」

 俺は急いで椋乃の方に向かった。椋乃は質問したそうだったが、俺を見たからか、すぐに出て行ってしまった。俺はそんな椋乃を駆け足で追いかけた。

「ねぇ!」

 俺は椋乃に追いついたのは、ちょうどその図書館の入口をすぐ出たところだった。右手を掴んで、話かけたのに椋乃は振り返ることをしなかった。俺は椋乃であることに確信はあったが、本当に椋乃であるかがなぜか気になった。

「あの、富田椋乃さんですか?」

「……はい。……そういう貴方は晝間楠雄さんですか?」

「うん。久しぶり」

「そうね、久しぶりね」

 二人の間には沈黙があった。でも、椋乃は振り返ることをしなかった。こっちを見ない理由はわかっていた。

「なあ、椋乃。なんで振り向いてくれないんだ」

「わかってるくせに、なんでそんなことを言うの!」

「……俺が君だったら、君と同じように振り向かない。なぜなら……諦めたのに会ってしまってあの時のことを思い出してしまうから」

「本当に意地悪だね。やっぱり、わかってるじゃん」

「……うん」

 椋乃は背中越しに大きなため息をついた。

「初めて会った時から、私とあなたはおんなじ波長を持ってるんだね。私もあなただったら、こうやって話しかけているもの」

「……そだな」

「ねぇ、私がいま言って欲しい言葉はわかってんでしょ? それに私だってあなたが言いたいことがわかってるよ?」

 彼女の言葉は俺の言葉だった。

「……今度は俺から言うよ。俺がこの大学に進学できたのは君おかげだよ。君にフラれたと思って、ヤケになって勉強できた。で、ここの医学部に。本当にありがとう」

「……それから?」

「……もしも君にその気があるなら、もう一度俺にチャンスをください」

「……ねぇ、私はなんて答えると思う?」

「それを言わせるのか……『ごめんなさい』だろ?」

 椋乃はその瞬間、振り向いた。椋乃の顔をこんなに近くでみたのはあのデートぶりだ。そして、俺の顔に顔を寄せて……椋乃の唇が俺の唇に触れた。

「私のほうが一枚上手ね。答えはキスをして、『私ももう一度チャンスが欲しかった。またよろしくね』でした」

「椋乃! ありがとう!」

「私が楠雄を忘れるはずがないじゃない! わかってたくせに!」

 椋乃は目に涙を溜めながら笑った。

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 そのあと、二人で図書室内のベンチに座って、お互いの話をした。椋乃も医学部に受かったらしく、同じ学部だった。やっぱり、波長が同じだと思ったのはこの会っていなかった期間での出来事だった。

なんでも俺がキスをしてくれなくて怒ってしまったのは良かったものの、仲直りするタイミングを失ってしまったらしい。更に怒っている期間にメールを無視してしまったせいで、返信をするタイミングもなくしてしまったらしい。だから、せめて次にメールが来たら仲直りしおうと思っていたのに来ないから、フラれてしまったと思ったらしい。それで、ヤケになって俺に「ざまあみろ」と言うために勉強に励んで、この大学に合格。でも、合格したら俺に会いたくなったらしい。それでさっきも、もしかしたら先に俺がいるかもしれないと思って化学系のサークルを回ってから、カインドの説明会に来たらしい。

 ずっと気持ちは伝わっていたのに、俺と椋乃はお互いに伝わらないとわかっている意地を張っていた。それがわかったとき、図書館の人に怒られるくらい、二人で笑った。もっと早く素直になれればよかったのに。

写真:烏天狗じゃない方の天狗

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