見出し画像

恥じらいのない異性好きは当たりはずれ激しい-異常なくらい偏ったことを書きたい③

またもや書きたいけど、そこまで高尚な内容にならないので、この「異常なくらい偏ったことを書きたい」シリーズで書こうと思ったことです。

世の中には男性で女性が好きな人、女性で男性が好きな人、まあ沢山いると思いますが、その中でもその愛情表現が苛烈で他の異性好きに比べて同性への差別が激しかったり、場合によっては異性の中でもその人間の中でより「異性っぽい」人を優遇する人間がいます。それをそれぞれ「男好き」とか「女好き」といいますが、そういう人たちの話です。

まあタイトル通りでそういう人間ってすっごく当たり外れが激しいと思うんですよ。特に自分が異性が過剰に好きであることを隠さない人はその当たり外れが明確で、それは同性からはもちろんこと異性から見てもわかることだと思うんですよね……。

ちょっと分解していきましょう。明確な異性好きの人って、結構強い男尊女卑または女尊男卑を持っている人だと思っています。面白いのは、女好きは男尊女卑で、男好きが女尊男卑であることが多いことだと思います。自分の好きな異性を明確に下だと認識していて、それを愛でるという意味でそんな価値観を持っている人が多いのだと思います。

具体的に言えば、すっごく女性に紳士的な男性がいたとして人気もある。でも、女性を性処理の手段としか考えていない。そんなパターンです、これは極端ですが。言われてみれば、そういう人はけっこういませんか、それも異性好きという形で。

恐らく本人としてはきっと取引をしているのだと思います。さっきの例にしてみれば、「紳士的であること」と「性処理に使うこと」で利害が一致していてお互いに損をしていない、という認識なのでしょう。他にあるあるなのは「魅力的であり続けること」と「金銭」とかでしょうか。そんな風に利害が一致している。

ここが重要な所なんだと思いますし、ここが当たり外れを分ける部分だと考えています。どういうことか、この取引の考え方が未熟であったり不十分であったりすると、普通に失礼な人になってしまうことが多いです。またこの考え方が相手の認識とズレているとそれも当たり外れに大きく寄与すると思います。

非常に短絡的に簡単に言えば、「異性好きでなんとなく異性に色々してもらいたい人は失礼な奴で、自分の中に基準があってそれが社会とズレてない人は結構話が通じる奴」ってことですね。

と、ここまで書きましたが、異性好きで失礼じゃない人って、高確率で異性からも同性からも異性好きとは認識されないことが多い気がします。なぜならば、普通にモテるから。相手との認識のずれが少なく、相手の求めていることを提供するということはまさに「モテる人間の特徴」を兼ね備えているわけで、それは決して同性には当てはめられないというわけではなく、ただ同性にはそういう行為をしないだけ(リターンもないし)、となりますし、そんな印象は受けない。ただ恋多き人みたいな扱いをうける。

モテる人間の異性好きでも問題ないし、僻まれても憎まれることはない。

モテない人間の異性好きは同性から見ると腹立たしいし異性からしてもいやらしく、僻まれずに憎まれる。

まあ性別に限らず、モテるに越したことないですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?