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あなたならはどんな授業をしますか?

私の考える本質を問う質問ってコレって言う話。

すごくタイトル通りの話をするもの記事になります。

『高校2年生にむけて、道徳の授業でテーマ『人生』で講義しなくてはならない。どんな話をしますか?』

これが今回のテーマです。この質問をされた時にどんな答えを出しますか? 自分の成功秘話を話しますか? それとも、あの時こうした方がよかったなどという失敗談を話しますか? あなたが伝えたいことはなんですか?

この質問の意図を書きます。高校2年生とは、ある程度人生経験を積み、自分の得意なことや不得意なことを知り、自身の限界や能力をわかってきた未来ある若者という意味合いです。もしも高校なら中学校2年生を想定するのもいいかもしれません。

人生をテーマに講義の意味は、自分が今生きてきて、一番伝えたいことは何なのかという意味です。もっと言えば、高校2年生の自分に教えてあげたいことって意味になるかもしれません。

未来に対してある程度の自由が利く立場にある人にこれまでの人生で学んだ一番大切なことを伝えるとしたら、何を伝えるか。

きっとこの質問は自分の生きてきたこれまでを振り返る上でとてもよい質問になると思います。誰かに答えなくてもいい。自問自答でしてみてはいかがでしょうか? そして、この質問の面白い所はおそらく自問するタイミング(年齢・肩書)で、きっと導き出す答えが異なることです。

是非とも考えていただきたいです。

ここからは蛇足になります。

今の私が授業をするならどんな授業をするのか、です。私は「生きていることを自覚する」という授業をすると思います。(ちなみに1年半くらい前に考えときは「選択をして生きること」についてしたいと思っていました)

「生きていることを自覚する」というのは文面的には簡単なようですが、その実はよくわからないのではありませんか? 生きていることを自覚するのを実際にやってみようとすると……難しくないですか?

実はみんなが漫然とやっていることが、その本質だと私は思っています。食べること、寝ること、誰かと会話すること、などなど、それが「生きていること」だと思います。

ただ人々はいつしか生きるためにそれらをやっているのではなく、「そうしているから」「そうするべきだから」のようになんとなくこなしている。

なぜ食すのか? なぜ床に就くのか? なぜ意思疎通を図るのか? それを意識したことはありますか? 学生に対して他に伝える具体的があるとするならば、なぜ学んでいるのか? なぜ働くのか? それを自覚してもらうことが今の私がしたい授業です。

すべては「生きるため」または「よりよく生きるため」なんです。正直、この話は私はわかりやすく文面化するほど、言語力もなければまとまっていないのが現状です。ただ生きることを自覚できれば、きっと物事に対する本気度が上がると思います。

目の前の食事は生きるため、だからよりおいしく食べるために味わおう!
これからの寝るのは生きるため、より質のよい睡眠をとろう!
今はなしている人は将来的に生きる上で重要な人かもしれない、正しい対応をしよう!

別に全力を出せって言っている訳ではなく、本気で見てみることが重要だと思います。本気で見た結果、全力を出すべきなら全力を出せばいいし、脱力できるなら脱力してテキトーにやればよい。

世界は発達してしまったがゆえに、選択肢を選ぶ世の中になってきた。漫然と良いとされている方向に流されれば、人生はなんとなく良くなっていく。本当にそれでいいのでしょうか?

「生きること」ってなんなのでしょうか? それを各自で自覚することが私が重要だと思います。

また春が来ました。人々には変化が訪れます。あなたはなぜ「生きている」ですか?

はい、今日の希哲学者でした。また不定期になんか意味の分からんことを書きます。

写真:桜

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