room1038

嘘の三八

なにより惜しいのは、ラスト2話が、シリーズを総括するには薄いし軽い点です。観る側の想像でうまく補わせてるのはいいんだけど、宿敵との対決の構造や宿敵の限界が透けて見えすぎてて、幕引きがあっさりしすぎなのと、ラストシーンの既視感が半端ない。あれカリオストロの焼き直しやんw

このある種の違和感の原因は、第4シーズンははあくまでも「ルパン」個人のストーリーであって、チームというか「一味」としての「ルパン」がちょっと置き去りになってたことのような気がします。「峰不二子という女」みたいに、明確にスピンオフならいいんだけど、本シリーズでこれをやられるとなぁ…

昨日、民放深夜再放送の青ジャケルパンを見終わりました。ロケーションがイタリアに固定、ゲストキャラが終始筋書きに絡む、ということで、一連のシリーズものになってますが…
ルパンとレベッカが主軸でストーリーが進んでて、それはそれでいいんだろうけど、なんだろうな、この消化不良感は…

しかし、コブラの第1話じゃないけど、退屈になったら刺激を欲し、刺激のなかでは安定という名の退屈を求める…ただ、そんな刺激はやすやすとはやってこないし、だいいち、刺激が日常化しちゃうとスイッチの切り替えがしんどくなるので、それはそれで困るよな。人間というのはほんとに身勝手なものだw

まぁ、ラム・ザ・フォーエバーは、街を取り戻す戦いから日常に還っていく場面で「日常は繰り返されるがでもちょっとずつ違う」というオチがつくんだけど、スカイ・クロラはキルドレの特性も相まってこれをホンモノの日常のなかで繰り返すので、観てるほうも無限ループ感がすごくて、ある種クセになる。

で、でもなんかこの感じ、「うる星」であったよな…って考えてたら、ラム・ザ・フォーエバーだったわ。あの話は「街が見る夢」がメインテーマだったんだけど、さいごにサクラさんが言う「限りなく同心円に近いとしても云々」みたいなことが、地表での繰り返しを肯定してる、というところかな。