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「分解」は建築の生産システム改革の狼煙になるか──能作文徳著『野生のエディフィス』

「サステイナブル」という考え方には注意が必要である。建設業の関心はいかに持続可能な方法で「建てる」かにあり、建設すること自体に疑問を投げかけるものではない。


能作文徳著『野生のエディフィス』の巻頭テキストは、従来の「環境に優しい」建設のあり方への痛烈な批評からはじまります。
産業革命以来、その負の影響を発展途上国に「外部化」してきた資本主義社会が、ついに真正面から立ち向かわざるを得なくなっている昨今、SDGsをはじめ地球規模での環境問題への取り組みが喫緊の課題となっています。
建設業界においても成長路線の延長上で、断熱性能の向上や自然エネルギーの活用といった技術開発の促進によるCO2削減に向けた動きが活発になっています。
しかし、いままさに起こっている問題を生み出してしまったシステム内部からの改革では、真に有効な対策を選択することは難しいのではないか──そんな問題提起から、本書の骨格は立ち上がっていきます。

『野生のエディフィス』はLIXIL出版が発行してきた、若手建築家の理論と実践をまとめる「現代建築家コンセプト・シリーズ」の29冊目として2021年の2月に刊行されました。
1982年生まれの能作さんは、「建築界のオリンピック」とも称されるヴェネツィア・ビエンナーレへの出展をはじめ若くして数々の受賞歴を誇る、理論/実践ともにこれからの建築界をリードする注目の建築家。
イチ読者として、「コンセプト・シリーズ」のラインナップに加わってほしいと常々思っていました。
これまで共著では多くの書籍に関わってこられましたが、初の単著として本書を執筆されています。

能作さんは自らフランスの哲学者「ブルーノ・ラトゥール」による「アクター・ネットワーク理論」に強い影響を受けていることを公言しています。
アクター・ネットワーク理論では、社会で起こっているさまざまな事象を、アクター(行為者)による事物の連関(ネットワーク)を分析することで理解しようと試みます。
ここでの特徴は、アクターを人間に限らず、商品やその原材料などさまざまなモノも人間と同等に捉え、同じ「行為者」として分析する点です。
こうした考え方を建築に援用するにあたって、これまで能作さんはそのネットワークの部分に建築家が積極的に関与することで、これまで見落とされてきた建築のつくりかたを提示してきました。

たとえば、戸建住宅を分棟型のゲストハウス兼住居に改築した「高岡のゲストハウス」では、既存の住宅に使用されていた部材を解体・再利用し、建主が「住み続けながら改築する」方法を考案しました。
建物を構成している部材は変わっていないのに、建物自体はまったく異なるかたちへと変貌を遂げた、不動産らしからぬ画期的なプロジェクトです。
ここで建物を一度「モノの集合体」として再解釈することで、改築後の建物に使用されている部材ひとつひとつに意味が生じてくる。
すると当然ながら、新しく追加される材料が「どこから、どのように」やってきたのかにも意識が向くようになっていきます。
結果、建材メーカーのカタログから取捨選択する行為を超えて、その建材がどのようにつくられているのか、あるいは同等の役割を果たす物質を異なる方法で調達することはできないか、といったモノのネットワーク自体をデザインの対象として取り込むことに成功しました。
建築を大きな物質の循環のなかである一時期暫定的に「固定」された状態として見なし、その循環がどうあるべきかを考えることによって、能作さんは既存の建設産業とは異なるアプローチで建築資源の可能性を見出しています。

このような視点は、さらに発展し建物の「廃棄」過程にも向けられます。
本書のハイライトのひとつとして激推ししたい論考、「分解派建築」のなかで、著者は「分解者」を有する自然界の仕組みを建築物の循環にも取り入れることを提案しています。
人工物を中心としてつくられる建築は、解体時に多量の廃棄物を生み出します。
リサイクル可能な材料が使われていたとしても、材料ごとに完全に分別しない限りはリサイクルすることができず、丸ごと廃棄されてしまうのです。
それに対し「分解派」建築は、可能な限り「生物的代謝」のできる材料(=木材や藁、竹といった自然素材)でつくることを目指しています。
特に定期的なメンテナンスが必要となる雨の影響を受けやすい屋根や庇といった部材は土に還る部材とし、循環のサイクルが環境負荷を与えないあり方を追求する。
また同時に建築そのものを、自然界の循環に還元可能な部材と、人工物としてリサイクル可能な部材に100%分離可能な状態でデザインすることを提唱します。


自然の代謝の力を高めるために、10年スパンで建て替えられ分解し土に還る、単寿命な建築のあり方も肯定しています。
10年スパンで分解される流動的領域と腐敗を促進する分解地、そして1,000年を超える建造物が残る歴史的領域が相互に依存しあうのである。
…私達は土壌とともに生きる存在なのである。私たちの居住地は土壌の力を借りた分解都市となるべきだ。次の千年紀を生き延びるためには、土壌の分解と腐敗を基盤にした都市文明のヴィジョンが必要なのだ。


この「分解派建築」を著者の自邸である「西大井のあな」の庭で行われた実践とセットで読むと、アクター・ネットワーク理論をいかにして建築の実践に結びつけるのか、その具体例が提示されています。
建築家はいつの時代も「来たるべき時代の当たり前」を用意する使命に向き合ってきました。
いまの都市や建築は、近代の幕開けとともに花開いた近代建築運動の世界的普及により実現した「当たり前」の風景です。
一見するとこれ以上発展する必要がないように思われた近代都市も、過剰に膨らんでしまった人類の生産活動に対応しきれないことがわかってきました。
50年後、100年後、そして1000年後も人類が生き延び続けるためには、都市や建築のあり方を根本的に見直す必要が出てきています。
世界中の建築家がそうした問題に取組み、数々のトライ&エラーを重ねるなかで、本書の提示する可能性に期待してみたい。
そのような想いを抱かせる『野生のエディフィス』を、ひとりでも多くの方に手にとってほしい、そしてひとりの建築家が社会を見通す視座に触れてほしい。
ひとりの編集者として不覚にも嫉妬する良書に出会い、高い熱量を維持したまま、最後まで一気読みしたロンロがお送りしました。

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能作文徳著『野生のエディフィス』LIXIL出版

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