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脳出血(*_*)でも、ナミダなど見せない

転院すると言いながらなかなか転院先が決まらなかったが、ついに1つのリハビリ専門病院から連絡があり家族(夫)が面談に呼ばれ、めでたくボロを出さず日程を決めるだけになった。
連休中は、リハビリもお休みの日が増える。毎日これで最後のリハビリなのかも、つまり理学療法士さん、作業療法士さんとのお別れの日なのかもと思って過ごすのだ。

朝起きると昨日の雨とは打って変わっていい天気。看護師さんが「絵葉書のような景色ですよ。」と言いながらカーテンを開けてくれたけれど、窓の外には絵葉書に似合わない黒いハトが二羽。でも私は理学療法士(PT)さんとこんなふうに二人並んで景色の中に溶け込もう、つまり外歩きに連れて行ってくださいとお願いすることを考えてうれしくなった。

午後、ツツジの横を抜けてPTさんと二人でいつもの路地に入る。所々細い抜け道がある古い住宅街だ。プランターで立派な玉ねぎができているところを目印にして、まだ見てない、通っていないところがないか、捜す。ほとんど制覇、いや踏破したみたいだ。真面目な彼はここでもちゃんとリハビリをしてくれる。小さな公園で、しゃがんで立つ練習をする。最初はしゃがんだ時に四つ葉のクローバーを捜したが、その横にカラスノエンドウを見つけた。

カラスノエンドウは、前に他の場所で見つけた時よりもふくらみがあった。これなら「山の音楽家」を奏でることができるかもしれない。私はカラスノエンドウで、笛を吹くみたいに音階をつけて曲を演奏することが得意だ。PTさんとOTさんに前に自慢していて、生演奏をしたかった。今日こそできるかもしれない。いくつか実を取り出し皮だけにして吹いてみた。まだふくらみが足らないようで、空気の抜ける音しか出ない。横でPTさんができるだけふくらんでいるのを探して渡してくれる。1つ彼が自分で作って吹いた。「ピピピピピピーピピッピピピピピピ」「わー、負けた!」「あの、勝ったとか負けたとか。」彼も知っているはずだ。私は負けず嫌い。

別れ際、お互いに今日が最後かも、と言いながらどうアイサツしようかと迷った。私たちはとある漫画のごアイサツを取り入れている。私が言い始め最初はPTさんが恥ずかしがっていたが、最近は当然のアイサツになった。「今日も今までもありがとうございました。それでは、今日と今までのサイナラッキョ。」

大好きなPTさんのリハビリは今日で最後だったのかも、てリハビリ友達に報告したら、「強いね。私だったら泣いちゃうわ。」とお返事してくれた。私は人に涙は見せない主義。でも彼女にだけは見られて、いえ見せてしまった。恥ずかしかった。オネショがバレた気分だった。
竹内まりやの曲でそんなのあったなあ、て思い出した。「涙など見せない」あなたは、そうだ「強がり」なあなただ。私は、強がってはいない。負けず嫌いなだけ。

夕食を食べている最中に痛みの津波がやって来た。6時間おきと思ってメモしていた前回の鎮痛剤から5時間50分。「イデデデデ。」と言ってたら看護師さんがたまたま巡回してきてくれて、「10分くらいいいわよ。薬飲みましょう。」と言ってくれた。さみしい気持ちは正直だった。ナミダは見えないところで津波を作っていた。やっぱり強がっていたのを認めるしかないか。
それでも、明日もナミダなんて見せないでリハビリをがんばる。シフトで休みとなってるいつものPTさん、OTさんのの代わりにそれぞれステキなスタッフさんたちがリハビリをしてくれる。

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