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第三十三話 ウミガメのスケジュール

ブウの居る島、プルフンティアンを後にし、僕らはマレー半島の東海岸をバスでひたすら南下し、亀の産卵が見れるという場所へと向かった。
マレーシアを旅行する人達は一般的には西海岸ルートで北上、もしくは南下し、バンコク、クアラルンプール、シンガポール(途中、マラッカ、イポー、バタワースなどを経由して)などを通る。

この東海岸を移動する事は余りない。僕らはコタバルという街のあるクランタン州から始まり、トレンガヌ州、パパン州と南下していた。

ローカルバスで移動するが、余り旅行者達と出会う事も少ない。ローカルバス故、よく停まるので、地元の学生や、買い物帰りのおばちゃんとかとよく話していた。
窓から見える景色はどこまでも続く、椰子の木の林。
そして、時々海岸線に出ると見える、どこまでも青い海。

この辺りはマレー人でもよっぽど旅が好きでないと来ないので、これまで刺龍堂に来たマレーシアからのクライアントでも、未だにこの辺りの話を共に楽しめた事が無い。むしろ、マレー人でも行かないそこら一体を、日本人の僕が数ヶ月も旅してきた事に驚かれる事の方が多かった。

さて、そんなこんなの道のりを経て、ようやくカメと逢えるというとこに到着。

しかし、本当に何も無い。
幹線道路沿いに宿が何軒かあるだけで、他には何も無い。レストランすら無い。
なので、食事は何軒か軒を連ねる宿のどこかで食べる以外、手段は無し。

逆にそんなローカルさが良い。

浅野さんは移動で疲れたといい、部屋で本を読んでいる。アジアの長期旅行者は一日何か一つやって終わりという旅をする人達が多く、浅野さんも正にその典型だった。
僕は折角、海が目の前なので、浜辺へと出る。

ローカルなのか、ローカルの観光客なのか、ムスリムの格好したままおばちゃんが日傘をさし、そのまま海に浸かっている。

まるで温泉に浸かるように笑

西海岸ならまだしも、この東海岸では、ムスリム女性が水着を来て泳ぐなどありえないので、この光景はいたって普通なのです。
海も綺麗だけど、海岸を見える範囲探すが、ほぼ人は居ない。
何だ、この何も無さは。
それでも何でも、歩ける限り数キロ先までひたすら散歩してみました。
 
 浜辺から宿に戻り、丁度、宿のおばちゃんと会ったので聞く。

「おばちゃん、カメいつ来るの?」
と僕。
 
 するとおばちゃんは、面倒くさそうに、こう言う。
「メイビィ トゥモロウ」
たぶん、明日
 
考えてみればそうですよね。カメの事などカメに聞いてくれというところでしょう。
 
 更に食い下がる僕。
「じゃあ、前回は?だいたいどれくらいの間隔で来てるの?」
 
おばちゃんは「こっちは暑くてそれどころじゃない」
という表情で、
「明日、明日。来たらすぐに知らせてやるからさ。」
と、暑さでダルそうにしながら、扇風機の前から離れずそう言う。
 
 僕の聞いていた話では、一週間居ても見れない時は見れない。でも、運が良ければ三日くらいの滞在で、見れる可能性もあると。
 
カメの都合もあるし、期限もあるわけじゃない。
まあ、のんびり待とう。

いつか日本に戻れば良いだけ。
まだ日本を出て3ー4ヶ月。そんなに急ぐ事も無い。

僕らはここで気長に待つ事にした。

ブウの島ではなかなか乾燥しなかったシュラフ(寝袋)などを干したり、洋服をまとめて洗ったり。

 浅野さんは、僕の最新最小最軽量高性能シュラフと自分のシュラフとを見比べている。
浅野さんのシュラフは中国製で、僕の二倍以上の大きさと、三倍以上の重さがあった。

浅野さんは僕のシュラフをうらやましがり、
「私の今、唯一持ってるこのカップラーメン付きで、シュラフをトレードしませんか?更に特別に、この中国製の帽子も付けますよ」と言う。

僕はすごく嫌そうな顔で、
「そんなフェアじゃない、トレードは出来ない」
と言う。

「何がフェアじゃないんですか??これのどこがいけないんですか?」
と、浅野氏は言う。

「だって、そんなのキャップかぶったら、他の国に入国出来ないですよ」
と、冗談を言う。

「酷いな~笑 これでもずっと中国から使われてきたのに。じゃあ、なんですか、私は次の国に入国出来ないと??」
 
「浅野さんは〜、シンガポールは入国出来ないんじゃないですか〜?追い返されるかもしれないですよ笑」

 そんなやりとりをしつつ、ウミガメを待つ事に。
三日、四日、時間は過ぎる。特に時間制限のない僕らは、いつまででも待つ。
ただ、ただ、待つ。
海は波もあり、いきなり深くなるので、浅瀬で浸かる程度。
 
五日目。
最早、本来の目的すら忘れてしまった僕らは、普通に海でのんびりして、砂の城をどこまで高く作れるか毎日頑張り、どこの宿の飯が美味しいのか色々食べ歩き、夜は早く寝る。
そんな規則正しい生活をしていました。
 
そしてその晩、遂にその時は来ました。

ドンドンドン!
扉が叩かれる。
「誰だろう?こんな夜中に。。。」
浅野さんが扉を開ける。

 するとおばちゃんが立っている。
「タットル(turtle=カメ)、カム!」
僕は飛び起きる。
「カメ?!どこ?!来た?!タットルどこ??」
「早く!浜辺だよ!」
 
僕は寝ぼけながら、フラフラと外に出る。
そのままコテージの階段を踏み外し、下まで落ちる(五段くらいですが)。
「何やってるんですが大笑!? 笑いとってる場合じゃないですよ!?早く行かないと!」
と浅野さん。

そんな身体を張って、笑いなど取るわけがない。
息が出来ないほど、言葉にならないほど痛いんですけど…。
 
これで、完全に目を覚ます僕。
 さあ、タットルが待っている。

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