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鉄砲と弓矢はどっちが強かった?(戦国時代編)

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鉄砲のメリット

①貫通力(弾速1200km/h)

鎧は弓矢を防ぐためにつくられたものなので、鎧のうえから弓を放っても致命傷になりにくいです。

対して、鉄砲は鎧の想定外の兵器なので、鎧を貫通して致命傷となります。

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弾速はケタちがいで、弓矢の弾速は140km/h~180km/hです。自動車のように「目で追えるレベル」です。

一方で、火縄銃の弾速は1200km/hです。弾丸を目で追える人はいないでしょう(笑) だからこそ、鎧で防ぎようのない圧倒的な威力を誇りました。

ただし、有効射程距離はどちらも50~100mほどで同じです。鉄砲は威力は高いものの、このころはライフル(旋条痕)がないために弾がブレブレで命中精度が距離が長いほどおちていくからです。

②兵士の育成が楽(大軍の招集)

一流の弓矢を射手を育成するには年単位のコストがかかります。みなさんも弓道部に入って半年では弓矢の達人になることはできません。

しかし、鉄砲は引き金さえひけばそのへんの百姓でも戦力になります。弓道の技量は目にみえません。戦(いくさ)で役にたつ人か、役に立たない人かわかりません。一方で、鉄砲は確実に戦力として計算できます。

求人募集をするにも「戦争で役にたつ人限定です」という求人では条件に合う人がなかなか集まらない。しかし「だれでもいいです!」という求人なら大量に人が集まります<大軍の招集>


鉄砲のデメリット(弓矢のメリット)

①高価すぎる(とっつきにくい)

火縄銃は1丁で約100万円(9石)もしたとされます。逆に、安くつくれるのが弓矢の最大のメリットでしょう。

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織田信長の場合は、鉄砲の産地(堺)で大量生産することによるコストダウンをすすめ、1丁あたり75万円で量産できました。信長が生死をかけて近畿地方に進出した理由です。

上記の表にある「秀吉の30匁銃(400万円)ってなんやねん!」と思われる方はこちらをぜひご覧ください。

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ケタちがいの威力を誇るバケモノ砲です。非常に高価ですがAOE兵器。

大田南畝の「一話一言」によれば三十匁筒火縄銃の威力は凄まじく、馬一騎が通れるだけの狭い辻を走り向かってきた八人の武者全員を三十匁火縄銃一発だけで射倒したと伝えています。これは、肥前国唐津で採取された逸話で、万治年間(1658年~1661年)頃の出来事です。

多くの大名では、鉄砲の高性能さは認めつつも、高すぎるので「できれば購入したくない」

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信長はまさにイノベータータイプ。最新鋭の兵器を借金してでも大量にそろえて、敵地を制圧することで借金をペイしました。信長は近畿進出をするまえから資産数千億円をもっていましたが、その3倍の借金をして近畿地方の大名たちと闘いました。

逆に多くの代々家をついできたボッチャン大名は財政面で、高価な鉄砲はとっつきにくいものだったでしょう。

②時間がかかる(平均30秒間)

火縄銃最大の弱点は時間がかかること。

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①火薬と弾を込める②カルカとよばれる棒でシコシコと火薬を奥につめこむ③火縄に火をつける ④「撃て!」の号令とともに引き金を引く

この4ステップが必要です。平均30秒間かかったとされます。実戦だと30秒も敵は待ってくれないので切り殺されてしまいます。火縄銃伝来後も弓矢が根強く支持された最大の理由でもあります。

③命中精度が悪い(ライフルがない)

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銃の弾丸はライフル(旋条痕)でジャイロ回転することで空気の壁をぶちやぶります。空気抵抗を減らすという意味です。

原始的な火縄銃はこのライフルがないため、空気抵抗をおもいっきりうけてしまいます。野球でいうとナックルボールの状態です。弾が不規則にブレブレで、狙いが定まりにくいのです。

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信長の画期的な鉄砲戦略=下手な鉄砲数うちゃあたる

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信長が長篠の戦いでもちいたのは3000丁の鉄砲による一斉掃射でした。下手な鉄砲数うちゃあたる!3000丁による一斉掃射となるともはや30秒の装填時間も命中精度も関係ありません。

火縄銃は1メートルほど弾がブレるといいます。1丁であれば1メートルぶれると的にあたりませんが、3000丁の掃射だと1メートルぶれても関係なく敵は死にます。

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これこそが、弓矢を鉄砲が超えた瞬間だったでしょう。ただし何十億円もの鉄砲代金を払える信長ならではのブルジョワ戦術といえます。

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