一番搾りとショートケーキ

まだ父のことを書くには少し、早すぎる気もするけど、現時点で、ぼんやり浮かぶのか、絞り出してんのかわかんないけど、なんかしらの言葉を残せたらと思う。


まあほんとにありきたりなんだけど、私の父はお酒が好きだった。ビールはもちろん、ワイン、日本酒、ウイスキー、焼酎……それぞれのブームが来ては去っても、一杯目はほぼ確実に、お約束のビール。


父は美食家を気取っているふしがあり、もちろんビールにもお気に入りの銘柄がある。キリン、一番搾り。新発売のビールを試しても、結局コレが一番うまいんだ、って。仕事帰りにはいつものコンビニに寄り、一番搾りのロング缶を2本と、さきいかや柿ピーなどのつまみを一袋買う。そして、まずはビールとつまみで晩酌をし、おもむろに父のために用意された魚のおかずや、家族が食べ残したおかずなどを食べ、そして、テレビを見ながらウトウトと焼酎などを飲み、誰よりも早く寝る。翌朝は、誰よりも早く、仕事に出る。毎日、毎日。


父は仕事熱心だった。どんなに熱があっても、根性と気合いだ、と母が止めるのも聞かず会社へ行く。


小学校低学年ぐらいまでは、私もよく会社に連れて行ってもらった思い出がある。遊びに行く前や、後、父の中で気になることを確認したり、ちょっとした用事を済ませるために、寄っていたんだと思う。なんといっても、あの機械油みたいな独特な匂い。もう、車のドアを開けた瞬間に匂いが鼻をつく。失礼だけど今思えば小汚い父のデスクには、私と妹の子どもの頃の写真がいつまでも飾ってあって、自慢の愛娘、が口癖だった。



私は18で家を出たから、その後は年に一度か二度、帰省したときの様子しかわからない。帰省するたびに、父行きつけのスーパー銭湯へ行き、いつものコンビニに寄って、いつものビールとつまみに、私の分のビールも買ってもらった。ハーゲンダッツがプラスされるときもあった。



実家で飲むのは、幸せそうな父の顔を見るためであり、お互いに現実のなにもかもを放り出して、たわいもない話を楽しめるのが、多分、家族の中では父にとって私が一番であり、私にとっては父が一番だった。



父は私に激甘だった。どんなショートケーキよりも甘かった。まぁちょっと、もたれたときもあった。お互いにね。



あのね、今ね、クリスマスなの。私ね、甘党なの。コンビニで買ってきたショートケーキをつまみに、一番搾りを飲んでいるのよ。コレ打ちながら。ほんとよ。



父が見たらびっくりするだろう。でも散々びっくりさせてきたからな。コレくらいじゃ甘いかな。遺影は置く場所がなくて、半年たっても冷蔵庫の上。




かけた迷惑、与えた失望、抱えさせた不安の大きさの前にはひれ伏すしかないけど、一瞬でも、父の人生に彩りを添えられたと、そう思い上がってもいいですかね。



果てしない砂漠の真ん中でも、深遠な海洋の底でも、愛する我が家でも、近くて遠い実家でも、月に行っても火星に行っても、一番搾りを飲むときはあなたのこと少しだけ思う。ずっと。死ぬまで。




ちょっと酔ってんな。

まあとにかく、家でひとりで好きな音楽でも聴きながら飲むのもいいもんですよね。





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