見出し画像

水と剃刀のおまじない

 ねえねえ、運命の相手を見つけるお呪いって知ってる?
 ああ、キューピットさんとかそういうんじゃなくてさ。
 え、そういうのは全般的に嘘くさい? 所詮都市伝説でしょって? 私もそう思う。
 でもね、本当にただの都市伝説だと思う?
 私はね、あるお呪いをしたら本当に運命の人と出会えたの。
 いつもマスクをしていて、外してくれないけどかっこいいし、優しくて紳士的な人。まあ、マスクはコロナもあるし、仕方ないけどさあ。二人っきりのときは外してほしいけどね。
 ってそうじゃなくて。
出会って数か月しかたってないけど、何もかも順調、結婚秒読み。
 ようやく見つけた運命の人。
 逆に怪しい? そうかなあ。マッチングアプリなんかよりもよっぽど確実で、約束された人なのに? 
 このお呪いはただのお呪いじゃない。確定された未来を見るお呪い。知りたいなら教えてあげるよ?
 知りたい? 知りたいよね!
 ふふ、じゃあ、教えてあげる。
でもね、このお呪いは本物だから、生半可な気持ちでやったらだめだよ。だから、やる時は気を付けてね。

 何か月か前に友人に教えてもらったお呪い。
 きっとやるなら今だ、そう思った。
 長年付き合っていた彼氏に裏切られて、捨てられた今。
もう失敗したくない、だから、運命の人を知りたい。その人がわかればもう、傷つくこともないと考えたからだ。
 真夜中、時計の針がてっぺんで重なり合う頃を見計らって、洗面所の水を張った桶の前に立つ。最低限の明かりだけをつけて、買ったばかりの真新しい剃刀を口にくわえる。そっと桶の中を覗き込む。
 揺らめく水面に、照明の明かりと私の影がゆらゆらと映る。
 なんだ、何も映っていないじゃないか。信じた自分がバカだった、そう思い片づけようとしたとき、揺れる水面に顔が映った。
 当然、覗き込んでいるのだから顔が映るのは当たり前だ。
 だが、違和感がある。明らかに自分の顔ではない、男の顔だった。
 自分好みの、クールで優しそうな顔立ち。
 唐突にぽちゃん、と音がして剃刀が口から水面に吸い込まれる。
 あ、と思った時には遅かった。透明だった水が紅くにごり、激しく揺れる水面から男性の像が消えてしまった。
 恐ろしくなり、片づけずに逃げるように布団にもぐりこんだ。
 とにかく怖かった。急に水の色が変わったり、水面の見知らぬ男性の顔が恨めしそうにこちらを睨んだり。
 よくわからないまま、布団にくるまって震えていると朝になった。
 昨日、片付けをしないで布団にくるまったので、片付けるために洗面台に行った。
 桶の中の水は、透明で剃刀が沈んでいるだけだった。

 それから数か月後、彼氏ができた。
 あの時の同じ内で水面に映った顔とよく似た人だった。
 自分好みの、クールで優しそうな顔立ち。
 マスクをつけているせいで、全体的にどういう顔をしているのかまでは見たことがないが、とても紳士的でちょっとツンデレだが素敵な人だった。
でも、何をしていても何かと理由をつけて、マスクを外そうとはしないし、顔を見せてはくれない。
 それ以外は、特に不満もなく、自然に事が運び、結婚することになった。
結婚前夜、改めて彼に顔を見せてほしいと頼んだ。
 白いソファーの上に二人で座り、結婚前夜の祝賀会だと盛り上がっているときだった。お互いによっていて、つい口からポロリと漏れた言葉だった。
 慌てて、冗談だと言おうとしたが、今まで拒んでいたのがウソのようにあっさりと了承した。
「コロナもあったし、収まってきたとはいえ、不用心かなと思ってたんだけど……。ここまで来て、外さないのもね」
 そう言って彼は笑う。白い手がゆっくりと、私の頬に触れ、自分のマスクを外す。
 クールで優しそうな顔立ち。自分好みの整った顔。赤い口元の横に剃刀で切れたような切り傷の跡があった。
 端正な顔立ちに似合わぬほど、大きな傷。
 その傷はどうしたのかと問う。彼は大笑いした。
 まるでその問いがおかしいというように。
「この顔の傷はね、君がつけた傷だよ?」
 彼が言う。さも当たり前のように。
話が見えず、首をかしげると彼は恨むような、鋭い目つきで睨んできた。
その目を見て、ようやく彼の言いたいことが分かった。
 そうだ、このお呪いは咥えた剃刀を落としてはいけないのだ。
 そして、このお呪いの結果はどのような結末を迎えようが、絶対の未来、つまり自分の運命を共にする相手を知る占いなのだ。
 彼が私の頬を優しくなでる。
 撫でた後に鈍い痛みと生暖かいものが流れるのを感じた。
 その手に隠されていたのは、男の人の手のひらにぎりぎり隠れる剃刀。
 その刃物は、紛れもなくあの日自分が彼に落とした剃刀だった。
 暗転する直前、彼の声が聞こえる。
「これでお揃い。もう、絶対離れられないね」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?