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note創作大賞 恋愛部門応募作。『50代からの生き方、恋愛についてのあれこれ』その4。高校時代の恋人が体の中に住み着いた主婦。


初恋の相手

 私にはどうしてもやりたいことがあった。孝太に会いたい。
 夫には悪いけど、死ぬまでにもう一度会いたい。もちろん、付き合いたいとかではない。家庭を壊す気は無い。一度でいいから会いたい。高校卒業後一度も会っていない。会わずに死ねばきっと後悔する。高齢者になって認知症になっても、孝太のことは覚えていると思う。忘れるはずがない。忘れられるはずがない。好きだった。夫には悪いけれど、心にずっと孝太がいる。高校を卒業して三十二年たっても忘れられない。夫のことも忘れないとは思うけれど、その思い出の熱量が違う。
 さすがに五十歳を過ぎて高校時代の恋人のことを忘れられないなどと言うのは恥ずかしくて言わないけれど、孝太のことは忘れられないというのとは違う。
 昨日のことのように生々しい姿かたちをしている。その姿が全く意識していない時に急に出てくる。
 例えば、旦那は六つ年上だが、今もセックスレスにならず夜を頑張ってくれている。ありがたいと思う。でも、申し訳ないけれど、旦那に抱かれている時に急に孝太が出てくる時がある。高校時代だからもう三十五年もたっているのに。夫に抱かれ孝太を全く意識していないときでも、心も身体も高校時代に急に戻って孝太に抱かれているように感じるときがある。それも最近は出てくる回数が多くなっているように思う。孝太が出てきた時は普段の何倍も感じる。あぶなく孝太と口から名前が出そうになる。その時は必死にこらえる。孝太と別れてからずっとそうだった。夫の前に付き合った人が何人か居たけれどその人たちの時もずっとそうだった。ずっと孝太が出てきていた。
 孝太と別れ、高校を卒業後、私は地元に残り就職した。孝太は関東の大学を受験したがうまく行かず、どこか地方に行き大学生になった。確か岡山だったように思う。私は孝太のことしか頭になく全然勉強なんかしていなかったが孝太はしっかりと勉強し、将来を見据えていた。その頃は、孝太が地元に帰ってきたりした時に会えると気軽に思っていた。
 会ってどうなる、どうなりたいというのではないけれど、このまま五十歳を過ぎるまで会えないなんて思わなかった。孝太のいない人生なんてあの頃の自分は考えられなかった。
 そんなに孝太のことを思いながらも、私は就職した一年目のクリスマスにはもう別の男とホテルに居た。どんな女やねんと今の自分は思うけれど、若い頃の私は、男、恋愛、セックスに夢中だった。十代の若者はみんなそんなものじゃないだろうか。 
 私は高校を卒業し、大阪に十店舗ほどあるパン工房にカフェを併設するチェーン店に就職をした。私は毎日、出来上がってくるパンを商品棚に並べ、レジに立っていた。そこでパン職人をしてた二十代後半の先輩と仲良くなり、夏を過ぎる頃には付き合い始めていた。まだ十代の私には二十代後半の男は十分すぎるほど大人だった。
 好きだったのかというとよくわからない。ただ、高校生の孝太とのお互いの身体を貪り合うようなセックスとは違い、落ち着いていて、それでいて刺激的で、孝太とのセックスしか知らない私にはあまりにも魅力的すぎるセックスだった。セックスってこんなにも気持ちいいのかと、その男とのセックスの快楽に夢中になった。その男からセックスを学んだおかげて、その後付き合う男をいとも簡単に私の虜にできた。夫と結婚までいけたのもその経験があったからだと口には出さないけれど思っている。
 しかし、その男と夢中でセックスをしている最中にも孝太が出てくる時があった。それも急に出てくる。目をつむり、その男に抱かれている時に、その男が、急に孝太に変わる。今、私は孝太に抱かれていると感じる。いや感じるのではない。確かにいま、私を抱いているのは孝太だとわかる。この感触は間違いない。でも、目を開けたら孝太じゃない。わかっていることだけど、がっかりする。
 それ以降に付き合った何人かの男も一緒だった。孝太はいつでも出てくる。そして私を抱く。セックスがつまらない男で、お酒が楽しい男の時でもお酒を呑んで酔うと、眼の前の男が孝太に見えてきて、孝太と話しているように感じる。合コンで知り合った一夜だけの相手でも、孝太が出てきたときがあった。
 誰と付き合ってる時も私の中には孝太がいた。
 結婚は一緒にいて一番居心地の良い相手を選んだ。
 その男は私を心底愛してくれる男だった。今の旦那様だ。これ以上ない良い人。おかげで私は人並み以上の幸福を手にしたと思う。良き夫、良き息子、良き家庭。穏やかな結婚生活を手に入れ、十分幸せな時間を送ってきた。これ以上望めばバチが当たる。わかっている。でも私の中には孝太が居た。忘れられなかった。
 私がまだ現役の女で居る間に、孝太ともう一度会いたい。

 

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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