見出し画像

優雅な読書が最高の復讐である/レイチェル・カスク

11月。

  朝、レイチェル・カスクのJusticeという短編を読んだ。

 この作品におけるJusticeという言葉を訳するのは難しい。正義や道理、というのとも、報いというのとも違い、その全部の意味であるかのようでもある。

 レイチェル・カスクの小説の特徴である、長い独白が占める割合の大きな小説だ。話している人間はカスク本人らしき作家にインタビューをしに来た女性の記者。カスクは何年か前にもこの人物から取材を受けていて、彼女が話してくれた、鐘の音が響く小さな街での静かな生活に羨望を覚えたと相手に告げる。

 作家の取材が終わると、その記者は自分の人生の真実を語り始める。作家が彼女の人生をうらやんだのは自分が無意識にそう仕向けたからであり、それがうまくいったとは知らなかった、と。

 その記者にも嫉妬を覚える相手がいた。自分たちの夫婦とごく親しい間柄の別の夫婦で、彼女は彼らが自分たちよりも華やかで文化的に豊かな生活をおくっていることや、相手の夫が身体的に美しく強く、才能豊かで、妻に献身的なことに密かな敗北を感じていた。

 だがその夫婦は離婚して家庭が崩壊し、片割れであった彼女の女友だちの方は自分の窮状を訴え、涙を流しながら元夫からの嫌がらせや夫婦関係の内情に関して洗いざらい記者の夫婦にぶちまけている。記者の夫婦の方は相手の話を親身に聞きながら、邪な満足感に浸っている。

 記者には姉がいて、小さな頃から無軌道な彼女の失敗を間近で見て育った。姉と両親との口論や上手くいかなかった結婚生活から、記者は様々な教訓を得て、自分は同じムジナの穴に落ちるまいと慎重な人生をおくってきた。それでも姉の娘たちの傷ついた様子を見ると胸が痛んだ。自分は姉の失敗を踏まえてゲームに勝ってきたと思うのが嫌で、姉の家族とは疎遠になっていった。

 ある日、自転車に乗っているところを突然の雨に降られ、記者はしばらく行っていなかった姉の家に駆け込んだ。彼女を迎え入れたのは姉の新しいパートナーだった。美しく、成功した男性だった。

 いま、姉の人生は好転している。家庭の崩壊のせいでダメージを受けて、どうにもならない子どもだったはずの姉の娘たちも成功を収めている。記者の息子たちは安定した性格で手堅い職業に就いたが、姉の娘たちのような功績は残せないだろう。そして姉は新しいパートナーと、記者の夫婦がずっと土地を買うのを夢見ていた孤島の大邸宅で日々を過ごしている。彼女がそこに招かれることはない。

 子育てを終えた記者はいま、身軽に世界中を旅するのを夢見ている。姉のように失敗を繰り返し、むき出しに生きていかなくても、その末に彼女が勝ち取った何かを、自分もまた手にすることができると証明したい。しかし、夫の告白が、もっと残酷な真実を彼女に知らしめる。

 レイチェル・カスクの小説はOutline三部作の最終作に当たるKudosしか読んでいない。飛行機の窓からの風景を捉えた表紙の写真が気に入って購入し、飛行機の中で読んでいたら、機中で隣に座った人と作者の会話から話が始まるので驚いた。

 作者は仕事の旅行先で様々な人と出会い、彼らの話を聞く。人生の物語、芸術についての見識、そして哲学。彼らが語るストーリーは独白として描かれているが、あくまで対話の中で開示されたものであり、一方的ではない。しかしその言葉は研ぎ澄まされて静けさが漂い、ほとんど無機質なほどだ。それが心地よい。

 私が読んだカスクの短編はThe Paris Reviewに掲載されたものだ。2018年の春号だから、旅先のリスボンの書店で買った可能性が高い。

 海外の書店に行くと、日本では手に入らないThe Paris ReviewやMcSweeney’sの最新号を買うのが楽しみだった。今はそれができる状況ではないと判断して、昨年、The Paris Reviewの方は思い切って定期購読することにした。次に出る2022の冬号で一年の契約が切れるが、更新しようか迷っている。またふらりと寄った旅先の書店で新しい号を買えると信じ、願をかけて、ここで購読を終えるか、それとも確実に入手できる方法を取るか。悩ましい。

 とりあえず手持ちのバックナンバーに、まだ読んでいないカスクのOutlineの長い抜粋が掲載されていたので、そちらを読むことにする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?