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ジョー・マーチがスカートの下に着ているのは

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 この文章は6月29日発売の「ランジェリー・イン・シネマ」番外編、及び「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」のパンフレットの拙稿「ジョー・マーチの疾走が示唆するもの」の続きとして読んでください。

 字数の関係で「ストーリー・オブ・マイライフ」のパンフレットに書けなかったことがある。
 シアーシャ・ローナンが演じるジョーがニューヨークの街を走るシーンで、彼女がスカートの下に着ていた男物のズボンのような下履きについてだ。
 ジョーは男物のスーツを着て、その上からスカートを重ねたかのように見えるが、これはひょっとして「ブルーマー」なのではないか。
 しかしブルーマーの短い流行は19世紀の半ばで、「若草物語」の設定からズレている。それで気になって調べたら、衣装デザイナーのジャクリーヌ・デュランのインタビューの発言をようやく見つけた。曰く「あれは(より当時の男性用のズボンにデザインを寄せた)ファンタジー・バージョンのブルーマーである」。
 ブルーマーは日本では、体育の授業で女子に着せられる忌まわしい体操着ブルマーとして知られている。
 しかし元は、女性が自由に行動するために作られた下履きだった。
 アメリカの女性解放運動家のエリザベス・スミス・ミラーがヴィクトリア時代のドレス・コードに逆らってトルコのパンタロンと短めのスカートを合わせたことから始まり、アメリカ初の女性新聞「ザ・リリー」でアメリア・ジェンキンズ・ブルーマーが推奨したことから広まった。
 当時の女性用下履きであるドロワーズと比べて、ブルーマーは画期的だった。あまり構造が変わらないように見えるのに、何故かって?
 ドロワーズもブルーマーもくるぶしまで脚を覆う下履きだが、ドロワーズはどういう訳か両足の間が開いていたのだ。
 女性が座ったり、転んだりした拍子にスカートの奥がのぞくと、そこから性器まで見えてしまう。だから、女性たちはアクティブに行動出来なかった。ドロワーズの上には、スカートのラインをふくらませるためのフープを付ける時代だ。フープで転んだら、簡単には起きあがれない。転んでフープの上でスカートが捲れ上がっている女性を助けようともせず、男性が卑猥な視線で見つめる当時の風刺画が残っている。
 しかし両足の間が閉じているブルーマーはさぞ女性たちに歓迎されたことだろう…と今の感覚なら思うところだが、さにあらず。ブルーマーは“過激すぎる”という理由で、活動家などの一部の女性たちの流行に留まったのである。
 股の部分の閉じた下履きが本当に一般化するには、1920年代のミニスカートの到来を待たなくてはいけなかった。
「若草物語」の時代設定はブルーマーの短い興隆より後で、ミニスカートの流行よりも前。狭間の時代で「ストーリー・オブ・マイライフ」のジョー・マーチのこのスタイルは過激とも言える。
(この映画のジョーがコルセットを着けていないことについて、パンフレットでくわしく解説したので、よかったらそちらも読んで欲しい)
 今までの「若草物語」の映画アダプテーションでは、女優たちはスカートの下にフープを付けていた。だからこそ、キャサリン・ヘプバーンやジューン・アリソンが柵を飛び越えるシーンは“過激”だったのだ。グレタ・ガーウィグのバージョンのジョー・マーチは女性の歴史を踏まえ、その上を飛び越えて、街を走っていく。
 

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