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ニューヨーク散財日記


 こっそりニューヨークに行ってきた。

 今の時期に行くなんてそんな、と言われそうだだが、このまま待っていても円は上がらない。もっと下がって1ドル360円時代も来るかもしれない。それに、バイデンが勝っても、トランプが勝っても、国の分断が進んで内戦状態になり、大都市は危険な場所になる可能性もある。アレックス・ガーランドの「Civil War」を映画館で見て、洒落にならないと思った。(IMAXで臨場感がすごかったし、このタイミングで現地で見てよかった)

 何より、AMAZONで洋書を買うのが困難になった。

 メジャーな新刊はあっという間に品切れになり、インディ出版社の書籍はエントリーされているだけでほとんど取次がない。
 マーケットプレイスからは信頼できる業者が次々と撤退。
 この三年で届かなかった洋書が四冊あり、うち二冊は返金してもらえなかった。
 ストレスは溜まる一方だ。

 だから今回は、欲しい本はなるべく買うようにした。
 しかし振り返ってみると、大した冊数ではなかった。もっと買えばよかった。

 積読本や本棚のスペース、値段、帰りの荷物の重量を気にし過ぎたように思う。

 本を買い過ぎて重量オーバーになり、JFK空港でスポーツバッグをふたつも買う羽目になった時のトラウマのせいだろうか。
(FedExで送ればいいって? パッキングや手続きをしている時間でもっと本屋に行けるじゃない…)

 ここに写っているのは今回買った本の数々。これに加えて、雑誌とメトロポリタン美術館のハーレム・ルネッサンス展の目録を買っている。

 全部読み終わるのはだいぶ先(かなり遠い未来)なので、買った場所と何故この本を買ったのか、その理由を書いておく。


McNally Jackson(Brooklyn)

 一時期は閉店危機も囁かれていたのに、気がついたらマンハッタンに三店舗、ブルックリンに一店舗を展開するメジャー書店になっていた。ウィリアムズバーグのここの店はGoogleマップで「特に混み合っている地域」の表示が出ていて、行ったらイベントもないのに若者たちで溢れていた。喜ばしい。

Two By Two/Eve Babitz
 私が持っていなかった唯一のバビッツの本で、90年代当時のロサンゼルスのレトロダンスブームを踊りながら取材したエッセイ風ルポルタージュ。タンゴのレッスンについてはBlack Swanで読んだが、ここではそれに加えてリンディーホップ、両海岸のスウィング、サルサ、ツーステップ、フォックストロットなどを踊りまくっている。この頃、彼女は今の私と同じくらいの年齢だったはずなので、リスペクトしかない。私も頑張る。「燃えるスカート」事件の後に出たこれがバビッツの最後の著作となった。

Twice Lost/Phyllis Paul
 McNally Jacksonは最近、叢書のシリーズを出している。埋もれた名作の掘り起こしといえばアメリカの講談社文芸文庫ことNYRB Classicが有名だが、ここのラインナップもすごい。
 フィリス・ポールは1933年から1967年の間に11冊のゴシックホラー小説を発表している。プライベートについてはほとんど情報がなく、交通事故で亡くなった時も身元を証明するものや知り合いが見つからず、危うく無縁仏になるところだったというかわいそうな逸話が残っている。ハンカチにあったイニシャルのおかげで助かった。その話だけでこの著者の本を読みたくなった。
 これは英国の地方のお屋敷で、テニスパーティの最中に前庭で行方不明になる少女の話。大人になって発見されて彼女(なのか?)は戻ってくるのだが、ますます謎が深まるという展開になるらしい。

Love And Other Poems/Alex Dimitrov

 New Yorkerなどで数編、作品を読んで気になっていた詩人の作品集。言葉がシンプルでエモくて美しい。

BookThug Nation

 ウィリアムズバーグに行くと必ず寄る古書店。いつもジーン・リースのペーパーバックを探す。今回行ったら「アートシアター」や「奇想天外」といった日本の雑誌が面出ししてあった。

Therese and Isabelle/Violette Leduc
 ヴィオレット・ルデュックはシモーヌ・ド・ボーヴォワールとの関係でも知られる作家。日本では本の方は絶版だが伝記映画「ヴィオレット─ある作家の肖像」が公開されている。
 この作品は寄宿舎で育まれる少女同士の恋愛を描いたもので、ソフトコアポルノの巨匠ラドリー・メツガーによる映画化作品「女と女」が有名。このペーパーバックは映画が公開された時に出た英訳版で、表紙だけではなく中にも美麗スチール写真が入っている。長澤均著「ポルノムーヴィーの映像美学」という本でこの映画を知ってい以来、ずっと見たいと思っている。MUBIで「椿姫」を元にしたメツガーの「炎」と、ソフトコアポルノ版「去年マリエンバードで」として名高い「夜行性情欲魔」を見て以来、期待は高まる一方だ。

STRAND(一周目)

 最初に行ったときは薄暗く、鞄を受付で預けなければいけない恐い場所だったが、オーナーが娘の代に移行して以降はまるでディズニーランドだ。(ほめている)
 今回はネットで在庫を確認してから行って、大いに活用した。

Inverno/Cynthia Zarin
  既読。詩人で元ニューヨーカーのスタッフライターであるザリンは、リーアン・シャプトンのインスタで知った。アレックス・カッツの絵を表紙に使ったエッセイ集を読んで、それが良かったので、やはりカッツの絵を表紙に使った彼女の初の中編小説も買ってみた。
  恋人たちの40年の歴史がセントラルパークで錯綜し、「雪の女王」や「ペール・ギュント」が織り込まれるという、彼女らしい作品だった。

Don’t Call Me Home/Alexandra Auder
 「女子とニューヨーク」関連。アレクサンドラ・オーダーはアンディ・ウォーホルのスーパースターだったヴィヴァの娘で、女優ギャビー・ホフマンの姉。70年代のチェルシーホテルで過ごした子供時代について書いてあるというので、興味を持った。ヴィヴァはチェルシーホテルを舞台に、自分たちの娘を主人公にした「エロイーズ」みたいな本を書いていたという話もある。しかし冒頭から老いた母に対する愛憎がすごい。著者サイン入り。

The Diver’s Clothes lie Empty/Vendela Vida
 文芸誌Believerの編集者でもあるヴェンデラ・ヴィーダはいつも、ハイディ・シュラヴィッツと混同する。この本はソフィア・コッポラの映画「オン・ザ・ロック」でラシダ・ジョーンズ演じるヒロインのデスクにあって、ずっと気になって探していた。ソフィアと著者は親友らしい。モロッコでIDをなくした女性の冒険を描く長編で、印象的な装画はエイドリアン・トミネによるもの。レナ・ダナムの推薦文があった。

Double Click/Carol Kino
「女子とニューヨーク」関連。1940年代から80年代まで、雑誌で活躍した一卵性双生児のフォトグラファー、マクラーリン姉妹。姉フランシスはコンデナスト社の唯一の女性フォトグラファーとして「ヴォーグ」でファッションを撮り、妹のキャサリンは「チャーム」や「マドモアゼル」といった女性誌で台頭しはじめたキャリアガールたちの姿をとらえた。雑誌黄金期のニューヨークの話はそれだけでワクワクする。定期購読しているウェブマガジンのAir Mailで取り上げられていて気になった伝記本。

Return To Payton Place/Grace Metalious
 希書本のコーナーで見つけたペーパーバック。
  1950年代、アメリカのスモールタウンの暗部を暴き出したとして大スキャンダルになったベストセラー「ペイトンプレイス」。映画「青春物語」と同名ドラマの原作でもある。この続編では、著者のアルターエゴであるヒロインが作家になって故郷ペイトンプレイスに帰ってくる。町の人たちからは歓迎されない。自分たちの秘密を売って有名作家になった彼女に憤怒の嵐が襲いかかる! という内容らしい。正編は読んでいる。

Books are Magic

 作家エマ・ストラウブがブルックリンで営む書店の二号店。一号店ではタヴィ・ゲヴィンソンのジンを売っていたようだが、まあもう売り切れていただろう。鮮やかな色のワンピースを着たアフリカ系女性のレジ係に「レシートもらえる?」って聞いたら「もちろんよ、ハニー」って言われた。多分人からハニーって呼ばれるのは初めて。表紙に店名が入ったオリジナルのモレスキンも買った。

Globetrotting Writers Walk The World
 初めて聞くイギリスの出版社の本。真っ赤なスピンを含め、装丁が美しい。旅先で歩くことの喜びを綴った著名人たちの文章を作家でラジオプロデューサーのダンカン・ミンスハルが編集したアンソロジーで、これでシリーズ三冊目。前回がヨーロッパ編で、今回がワールド編。こういうところには必ず入っているイザベラ・バードから、レイチェル・カーソン、松尾芭蕉、ダーウィンまで。旅行記が好きだし、こういう洒落た企画に弱い。

McNally Jackson(SOHO)

 新しくなったソーホーの本店。ブルーノートでのホセ・ジェームズの公演の時間が迫っていたので、サクッと覗いただけ。
 ソフィア・コッポラの本とトートバックをつけたので100ドルを超え、犬のイラストの別トートが特典でついてきた。あまりに嬉しかったので「ねえ!おまけのトートもらえたよ!」と後ろにいるとばかり思っていた相方に声をかけたら、レジに並んでいた見知らぬアジア系の青年(若林似)だった。謝ったら「全然オーケー。トートがもらえて良かったね」だって。

Sofia Coppola Archive
 日本では手に入りにくくて初版は買い逃したが、ニューヨークの書店には第二版が潤沢にあった。私はこういう本、雰囲気で楽しまない。読み込んで、仕事に役立てる。イヴ・バビッツのフィオリッチの本が彼女のテーブルに積んである写真を見て、とりあえず己の好みの範囲の狭さを思い知る。

The Houseguest & Other Stories/Amparo Davila
 みんな、2019年にケンダル・ジェンナーが(主に)インディ出版のセンスのいい本の数々をインスタにあげてバズったのを覚えているか。その後、ビキニ姿で腹筋を見せつけながらその内の一冊、Chelsea Hodsonの「Tonight I'm Someone Else」を読んでいる写真も(本当に読んでいるのか?と)話題になった。
 実はその本は彼女のアシスタント、アシュレー・ゴンザレスのセレクトで、彼女の名前もこれで有名になった。今年、詩人としてデビュー。アシュレーの選書は絶妙で、飽きっぽそうなケンダルのために短い文章を集めたエッセイや、詩や、短編集が主で、かつあまり有名ではなく通好み、そして彼女の華やかさに合うものをチョイスしている。当然ケンダルが手にしていた本はAmazonで売り切れ状態となった。メキシコの作家であるアンパロ・ダヴィラのこの短編集もそのラインナップの中に入っていた。
 私はラテンアメリカの女性作家の短編を集めた素晴らしいアンソロジーでカフカっぽい彼女の作品を読んで、この本を欲しいと思っていた。ニューヨークの書店の定番となっているらしく、どの書店にも飾ってあった。

Union Square

(主にマンハッタンだが)ニューヨークの書店/古書店/文学ゆかりの場所を網羅したクレオ・ル・タンのA Booklover’s Guide To New Yorkに、街角のベンダーから古本を買う話が出てくる。ニューヨークの本好きは必ずと言っていいほど、贔屓のベンダーがいるらしい。街角で本を売っている人たちの中には、かつて自分の書店のオーナーであった人も少なからずいるという。その話を読んで以来、ベンダーを見かけたらそこで本を買ってみようと思っていた。
 ユニオンスクエアで見かけたベンダーは折りたたみ式のテーブルに本を並べていた。その横にはボロボロの布製スーツケースがいくつか積んであって、そこから本が溢れてはみ出していた。一冊選んで値段を聞き、キャッシュで払おうとすると、パニーニを食べている最中だったビッグな黒人のそのベンダーは手が油で汚れているから、そこにお金を置いてってくれと言った。

Portnoy’s Complaint/Philip Roth
フィリップ・ロスは(確か)一冊しか読んだことがない。「ルーシィの哀しみ」をずっと探しているがこの際「ポートノイの不満」でもいいかと、とりあえず買った。「ビッグ・ブック・デザイン」というスタイルで有名なポール・ベーコンのデザインによる有名なカバー。見返しに書き込みがあった。かつての所有者は1969年の誕生日に、ロバートという人物からこの本をプレゼントされたらしい。

McNally Jackson(Rockfeller Center)

 ロックフェラーセンターのMcNallyはきっとポップアップみたいなものに違いない。と思っていたら、大きなフロアで二階まであってびっくりした。ロックフェラーセンターには今、ブルックリンの小さなジュエリー店のCatbirdやラフ・トレードのレコード屋まである。街のイメージのために格安でスペースを貸し出しているのではないだろうか。
 ロックフェラーセンターのMcNallyは地域を反映してかデザインとビジネスの本が多めで、青山ブックセンターの本店に近いものを感じた。今回は四店舗中三店舗もMcNallyに行ってしまったが、店舗ごとに微妙に個性が違って良かった。

My Life As A Godard Movie/Joanna Walsh
 この表紙、このタイトル。買わないどうする。ジョアンナ・ワルシュの本は年二冊しか本を出さないことで有名なDorothyから出た短編集VertigoをパリのShakespeare and companyで買って読んでいた。

Memories Of A Beatnik/Diane Di Prima
「女子とニューヨーク」関連。ニューヨーク本のコーナーにあったので衝動買い。女性のビートニク詩人の自伝。ディ・プリマは後にサンフランシスコに越してそこを拠点としたが、ニューヨークの出身でハンター大学附属高校時代はオードリー・ロードと親友だったという。かっこいい。彼女の青春時代について綴ったこの本はカジュアルセックスについての描写が多いため、当初オリンピア・プレスから出版された。というか、オリンピア・プレスで出すためか。

STRAND(二周目)

最初の時に見つけられない本があったので二度行った。

All That Happiness Is/Adam Gopnik
 ニューヨーカーのスタッフライターとして有名なアダム・ゴプニク。 映画「Tar/ター」には本人役で特出していてニューヨーカー・フェスティバルでリディア・ターにインタビューしていた。私は「パリから月まで」というエッセイを読んで以来、彼のファンだ。新刊は幸福及び幸福の追求の権利について書かれたリトルブック。よく見ると、表紙の文字の並びがスマイルマークになっている。

Hotel Splendide/Ludwig Bemelmans
 今回、念願のベーメルマンス・バーに行ってマティーニを飲んだので、記念に買った。「マドレーヌ」で有名なルドウィッヒ・ベーメルマンスが壁画を手がけたカーライル・ホテルのバーについては、アンソニー・ボーディンのテレビ番組で知った。ベーメルマンスが書いた大人向きの本が面白く、食の描写が優れていることも教えてもらった。それでポートランドのPowell’sに行った時に彼の本を古書コーナーで二冊買った。イラスト満載の短編集の方は途中まで読んである。(読んだ各短編の概要のメモとしおりが挟んであったのを確認した)古い本で、壊れる危険性もあるので、恐る恐る時々読んでいる。
 ホテルに勤めていた頃の面白いエピソードを短編にしたこの本の復刻版に、ボーディンがコメントを寄せていて切なくなった。このうちに一編は常盤新平編集の「ニューヨーカー短篇集」の二巻目に「バレエ団、スプレンディードの奇術師を襲う」というタイトルで収録されている。冒頭の文章がちょっと違うのは、雑誌向けの編集のせいか。チャーミングな痛快な一編だ。

Trio/Aram Saroyan
「女子とニューヨーク」関連。ノンフィクションや伝記の棚で見つからなくて、店員に手伝ってもらってようやく見つけた。梯子を使わないと見られない、音楽/映画関連本の棚の一番上の段にあった。
 アラム・サローヤンが自分の母キャロライン・マッソーと、ユージン・オニールの娘で後にチャールズ・チャップリンの妻になったウーナ・オニール、莫大な財産を相続したせいで親権争いに巻き込まれた令嬢グロリア・ヴァンダービルト三人の長きに渡る友情について書いている。
 十代の頃からニューヨーク社交界のマスコットで、若き日のトルーマン・カポーティが崇拝する美少女だった三人だが、誤解も多い。サリンジャーの伝記で彼女たちが無闇に悪く書かれているのに腹が立って、近しい関係者が書いたこの本を探していた。もうすぐ読み終わるが、危うい環境の中で手を取り合って生きてきた三人の女性たちの姿が見えてきて、むしろいま読むべきフェミニズム的な本になっている。そしてアラムは実父ウィリアム・サローヤンのマッチョなモラハラ夫ぶりに対して実に厳しい。

Brought to Life Eliot Hodgkin Rediscovered
 この本も最初は美術書の単独作品集のコーナーで探していたが見つからず、希少書のコーナーでようやく見つけた。
  テンペラ画という失われた芸術に道を見つけたイギリス人の静物画家エリオット・ホジキンについては、昨年読んだピエール・ル・タンのA Few Collectorsで知った。蒐集家として目利きだったという。花や果物、野菜、その他の植物を描いた彼の小さな静物画には、時代を超越した独特の美しさがある。いつの日か、実物を見たい。

※ケンダル・ジェンナーが腹筋を見せつけながら読んでいたのはチェルシー・ホッドソンのTonight I'm Someone Elseだったので訂正しました。


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