ブラック、グレー、いつかはブルー 10
〜社畜は鬱になって生き直すことに決めました〜
9話から何と4ヶ月が過ぎていた。自分の人生をなぞることがこんなに辛いとは思わなかった。
やっと今、続きを書けるようになったのは、やはり時間薬のおかげ。この薬は失恋以外にも効くらしい。
仕事を辞めた私は、鬱が加速した。
昼夜逆転。無気力。罪悪感。自己嫌悪。世の中の人が一仕事終えてそろそろ終業、という頃に目覚め、朝日が登る頃に眠る。トイレに起きる以外は、ベッドの上か、テレビの前で全く頭に入ってこない番組を膝を抱えて見るか。多分、お風呂には入っていたと思う。今では思い出せない。
鏡を見ると、顔がひどく歪んでいた。もともと目の高さが違ったが、この時期に撮った写真が一枚だけあったのだが、はっきり言って歪な表情をしていた。
この時期身体は人生で最も大きく膨らんだ。太ったというより、膨らんだ、のだ。毒素が溜まって、出口が塞がっているので中からパンパンに膨らんでいる感じ。その身体を他人に見られるのが嫌で、全く外出はしない。心配した母親や友人の誘いにも応えられない。近くのコンビニがせいぜいだ。
そんな間も、辞めた会社の社長はメールを寄越してきたり、葉書を送ってきたりして私を脅かした。自分が声を掛ければ、また元気になって戻って来ると信じていたようだ。
馬鹿馬鹿しい。
お前のせいだ。私を見るな、近づくな。
私はベッドの中で泣きながら叫んでいた。
それから数ヶ月、若干症状が落ち着いていたある日、社長から2cmはあるであろう分厚い封筒が届いた。中には元気になってほしいという手紙と、仕事関係のイベントのフライヤーがぎっしり。
吐いた。
少し良くなっていると思い込んでいた私の身体は、一瞬で元に戻った。そして同時に思った。
このままでは本当に死んでしまう。
大袈裟だと思うなかれ。鬱は、症状の重さ軽さに関わらず、生きる気力が失われる。当時住んでいたマンションの窓から下を覗き込んだのは初めてだった。
あれから数年が経ち、鬱が寛解した今思うこと。きっかけになる誰かの言葉、出来事はあると思うが、それは飽くまでもきっかけ。鬱になる本当の原因は、自分で自分を殺してしまうこと。それに気づけたら、いつかは治る病気だ。
だけど、そのきっかけになった人や出来事に再び遭遇しても平気になるには、それぞれ時間が必要だ。私は幸い早くに寛解したが、それが10年かかる人だっている。早いから症状が軽かったわけではないと思う。
経験しなければ、本当の辛さなどわからない。
甘えだとか、逃げだとか。言いたい人は言えばいい。そう言える人間は、幸運なだけだ。息を吸って吐く、たったそれだけが死ぬほど辛いなんて、想像できないほどに幸運なだけなのだ。人間の中に必ずある芽が、伸びずに済んだだけなのだから。
社長からの手紙をもらった直後、私は心から死にたくないと思った。
何をどうやっても、もう一度人間らしい生活に戻りたい。そう思った。
しかし行動に起こせたのはやはり数ヶ月ののち。それも簡単にはいかなかった。